憲司の仕事場
そしてまた数日経った夕方の事である。
道子(母)が、
「マコト、父ちゃんを迎えに行って来な!」
「また、パチンコ屋?」
「違う。 役所!」
「ヤクシヨ? どこに在るの?」
「下町の交差点」
「下町の交差点? あそこにはケイサツしかないよ」
「そこに父ちゃんは居るよ」
マコトは驚いて、
「えッ! 父ちゃんてオマワリさんなの?」
「知らないよ。早く迎えに行って来な。またパチンコ屋に行っちゃうよ」
「・・・分かった」
大正時代に建てられたゴシック調の厳めしい建物。
分厚いケヤキの板に『N警察署』の文字が彫り込まれてある。
正門玄関を入ろうとするマコト。
衛視が近づいて来る。
衛視はしゃがんで、
「坊や、何の用だい?」
「あの~・・・とうちゃんを迎えに来ました!」
「父ちゃんを迎えに? 坊やの名前は?」
「黒沢です」
「黒沢? 坊やは黒沢さんの子かい?」
「うん」
「そうかい。それなら裏庭に回りなさい」
マコトは裏庭に廻る。
車庫がある。
車庫の中には幌付きの大型トラック、ジープ、サイドカー、白黒のパトカー、白バイが納車してある。
隣には自転車置き場が在り、多数の自転車が置いてある。
奥の講堂からは気合の入った声と竹刀の弾け合う音が聞こえてくる。
裏庭の通用口から二人の女性が退署して来た。
一人は沢村弘子(二九歳・マコトの実母で元JHQの職員。夫はJHQの解散後アメリカの本土に帰ってしまった。弘子はマコトを引き取って日本に残ったのである)。
もう一人は弘子の同僚の事務員である。
事務員が、
「じゃ、沢村さん。お疲れさま」
「あッ、気を付けて帰ってね」
マコトは白バイを興味深そうに見ている。
弘子はマコトを見て、
「あら? どこの子」
マコトは驚いて振り向く。
「あッ! あの〜、黒沢は居ますか?」
弘子は三年ぶりに見るマコトに、
「えッ! 黒沢さん? マコトちゃん?・・・そう。迎えに来たの」
マコトは自分の名前を知っている事務員に戸惑っている。
「?・・・うん」
弘子はマコトの全身を見てしみじみと、
「大きく成ったわねえ。・・・じゃッ、オバちゃんが案内してあげる。付いてらっしゃい」
廊下を並んで歩くマコトと弘子。
すれ違うワイシャツ姿の警察官。
制服の警察官が会議室から出て来る。
廊下の奥の鴨居に『刑事課』の挿し札が見える。
弘子は「挿し札」を指差し、
「お父さんはあそこに居るの」
弘子は刑事課(刑事部屋)のドアーを開けた。
インクの匂いが漂う部屋。
「仕切り」がされていて、奥は見えない。
マコトは部屋の中に入った。
仕切りの奥に使い込まれた木製の事務机が三卓、コの字形に並んでいる。
弘子は一番奥(上座)の机を指差し、
「あそこがお父さんの席よ」
机の上には本立てに挟まれて、六法全書やバインダーに纏められた書類が整然と並んでいる。
マコトは憲司の机に走り寄る。
・・・後ろ姿を見詰める弘子。
振り向き、弘子を見るマコト。
「オバさん! 父ちゃんは?」
マコトの問いかけに我に返る弘子。
「え! あッ、お父さんは刑事サンだから、ここには朝だけしか来ないの」
「・・・ケイジ?」
「そう。たった一人の刑事サン」
「たった一人? 何やってるの?」
弘子は一瞬、悩み、
「う~ん・・・調べてるの」
「シラベル? 何を? ねえ、ナニを調べてるの?」
マコトは弘子に詰め寄る。
弘子はマコトの前にしゃがみ、
「そうねえ・・・悪い人の事。マコトちゃんのお父さんは、警察の中で一番怖い人なの」
「コワイ? 怖くないよ。パチンコばっかりやっていて、いつも夜遅く家に帰って来るんだ」
弘子は笑いを堪える。
「そ~お。パチンコばかりやってるの。じゃ、今度、お父さんが来たらオバちゃんが叱ってやる」
「いいです。母ちゃんが叱ってるから」
弘子はまた笑いを堪え、じっとマコトを見詰める。
「・・・マコトちゃん?」
「うん?」
「人参食べなきゃだめよ」
マコトは驚いて、
「ええ! ニンジン?・・・好きじゃないよ」
弘子はマコトの目を見つめ、
「オバちゃんね、マコトちゃんの事、何でも知ってるの」
マコトは恥ずかしそうに沈み込み、
「父ちゃんに聞いたの?」
「そう。お父さんがここに来るとマコトちゃんの事いっぱい聞くの」
「なぜ?」
「え?」
弘子は一瞬悩み、
「それは・・・それは・・・」
我が子を見つめる弘子の目。
マコトは弘子の目を見て、
「それは? なに?」
「それはね、マコトちゃんの事が好きだから」
「好き?」
「そう。大好きなの」
マコトの小さな手をきつく握る弘子。
続く




