〜宮前氷見子、68歳〜
2026年3月。
勾玉が眩い光を放ち、私が現代に戻ってから数年。
私は考古学の道に戻った。
あの勾玉の記憶を、ただの夢や幻覚として片づけられなかったから。
今は、桜井市の纒向遺跡調査チームのボランティアとして毎週のように現場に通っている。
今日の調査地は、箸墓古墳周辺、第209次調査の続き。
旧纒向川の氾濫の影響で遺構の残りは悪いものの、内濠や渡り土堤が確認されたばかりの区画。
土を丁寧に削る手が、ふと止まった。
「これ……」
小さな土塊の中から、淡く緑がかった光が覗いた。
慎重にブラシで払うと、現れたのは――
小さな勾玉。
長さ2cmほど、滑らかな曲線。
素材は碧玉か、それに近い緑色凝灰岩。
弥生後期〜古墳前期の典型的な形状。
でも、私の胸にしまった勾玉が激しく鳴った。
「これ……ミナちゃんの……」
いつかのように、標準手順を踏みながら慎重に取り上げる。
周囲のスタッフが驚く中、私は震える手でそれを拾い上げた。
土にまみれた表面を指で拭うと、勾玉が――光った。
淡い青白い光。
あの夜、ミナちゃんの胸にかかった光と同じ。
瞬間、世界が反転した――
視界が広がる。
気がつくと……私はもう私ではなかった。
小さな体で、広場の真ん中に立っている。
胸の勾玉が熱い。
狗奴国の影が迫る中、私は両手を広げて叫んだ。
「やめて……みんな、やめて!!」
光の柱が天を貫き、敵を膝をつかせる。
ヤタおじさんが跪き、オオミお姉ちゃんが私を抱き上げる。
オクトお兄ちゃんの笑顔。
村の人たちの歓声。そして、時間が加速する。
三百年後。
私はもう、以前の少女ではない。
大きな前方後円墳の前で、祭りの歌を歌っている。
胸の勾玉が輝き、みんなの笑顔を照らす。
「神女様……見てる?
私、ちゃんと繋いだよ。
争いじゃなくて、笑顔のクニ。
纒向は、今もみんなの心の中心だよ」
勾玉が優しく答える。
(ありがとう、ヒミコ。
私の思いを繋いでくれて……)
記憶が途切れ、私は現代の土の上に膝をついていた。
勾玉はもう光っていない。
ただの小さな石に戻っている。
でも、私の胸の中には――
温もりが残っていた。
スタッフの一人が駆け寄る。
「宮前さん、大丈夫ですか? これは……おそらく纒向期の小型勾玉。
出土例は少ないけど、祭祀土坑や古墳周濠から出るものに似てますね」
私は頷き、涙を拭った。
「ええ……これ、きっと誰かの大切なものだったんです。2000年以上前に少女が胸にかけていて……みんなを守るために、光らせたんです」
誰も信じないだろう。
でも、私は知っている。
この勾玉は、ミナちゃんの魂の欠片。
私が託した意志が、彼女を通じてヤマトの中心を支え続けた証。
その夜、自分の部屋に戻った私は、勾玉を胸に当てて眠った。
この勾玉は、私が現代に戻ったとき手に握りしめていたもの。
夢の中で、ミナちゃんが微笑んだ。
成長した彼女の顔は、想像の卑弥呼にも見えた。
「神女様……ありがとう。
今度は、私が見守る番だよ。
現代のあなたも、笑顔でいてね」
朝、目覚めると勾玉は静かに輝いていた。
淡く、優しく。
それは、永遠の約束の光。
私は立ち上がり、今日も遺跡へ向かう。
ミナちゃんの記憶を胸に。
歴史の糸を、繋ぎ続けるために。




