874日目 〜勾玉の力〜
盟約を繋いだ日から数日後、纒向の空は黄金色に染まっていた。
4つのクニの旗が風に鳴る広場で、私は静かに胸に手を当てた。
勾玉が、まるで生き物のように鼓動を刻んでいる。
私が現代から戻ったあの日から、勾玉の反応が日を追うごとに激しくなっていた。
勾玉の反応の感じていると、後ろからある人物が近づいて来るのが分かった。
「神女……お前は本当に我らを救った」
出雲のヤタさんが隻眼を細めて跪いた。
彼は、クニに帰らず纒向に残った人物のひとり。
「いいえ、私は勾玉の言葉に従っただけ。救ったのは村の皆んな全員の力です」
オオミとオクトさんは寄り添い、ミナちゃんは私の腕に顔を埋めている。
その時――勾玉が『声』を発した。
(おばちゃん……よくここまで繋いだね。もうこのクニは大丈夫、おばちゃんがその気なら元の時代に戻せるけど……どうする?)
私は息を飲んだ。
現代には身内といえる繋がりもなくなっている、今ではここの方が家族と思える子達がたくさんいる。
だと言って、死ぬまでここに居るのかと聞かれると悩んでしまう。
この時代に来て約3年、実は……最近体がすごく弱っていると感じている。
この時代の環境、食事、労働に体が悲鳴を上げ始めたのね。半年前に偶然戻った病院のベッドでさえ快適に思えてしまうほど。
私が勾玉の声に言葉を詰まらせていると。
突然――
勾玉の表面に古代の文様が浮かび上がり、淡い青白い光が私の全身を包んだ。
そして、頭の中に映像が流れ込む。
――それは、数十年……数百年後の纒向。
巨大な前方後円墳が立ち並び、祭りの歌が響く。
そこに立つのは、黒髪を長く伸ばした若い女性。
彼女の胸にも、同じ勾玉が輝いていた。
(私は、選ばれた者の記憶と意志を代々受け継ぐ者。おばちゃんが去った後も、このクニを護るためにあり続ける……あそこに立つのは『勾玉を持つ者』の末裔)
勾玉の力がさらに強くなる。
私の体が透き通り、魂が引き裂かれるような痛みが走る。
同時に、ヤタさんが叫んだ。
「神女の体が……光っている!?」
そのとき、村の外れから悲鳴が上がった。
狗奴国の軍勢――
熊野の最大の影が、盟約を嘲笑うように夜襲を仕掛けてきたのだ。
鉄の矛が火を噴き、炎が上がる。
パニックになった村人達が大声で叫び、逃げ回る。
「皆落ち着け! 動ける者は女子供を連れて川下へ逃げろ! 戦える者は武器を持て!」
オクトさん達武人が、剣を抜いて構えるけれど敵は多勢。
あちこちで悲鳴が上がり、建物が破壊される音が響く。
ミナちゃんが私の腕にしがみつく。
その時――勾玉が、爆発的に輝いた。
光が柱となって天を貫き、広場全体を青い結界が覆う。
狗奴の放つ矢はすべて弾かれ、戦士たちは光に触れた瞬間、膝をついて動けなくなった。
(おばちゃん、あなたはもう現代に戻らねばならない――
けれど、私はここに残る。
次代の者に……おばちゃんの意志を全て預ける)
勾玉が私の胸からゆっくりと浮かび上がり、ミナちゃんの小さな胸の前に止まった。
ミナちゃんの瞳が驚きに見開かれる。
「神女……これ……熱い……」
私は震える手でミナちゃんを抱きしめた。
「ミナちゃん……聞いて。私はもうすぐ、この時代から消える。でも、あなたが次の神女よ。勾玉が、私の記憶も、未来の知識も、全部あなたに伝えてくれる。争いを避け、皆を繋げて……この纒向を、永遠の中心にして」
ミナちゃんの頰に涙が伝う。
「嫌……神女と離れたくない……」
勾玉が優しく回転し、二つの光に分かれた。
一つは私の胸に戻り、もう一つはミナちゃんの首にかかった小さな勾玉となって輝いた。
(継承完了。おばちゃん、あなたの使命は終わりました。この子は今より、おばちゃんの魂の半分を宿す者となります。
これより未来永劫……この勾玉はヤマトの王権を、影から支え続けるでしょう)
村を守る結界を神の怒りと恐れ、狗奴の戦士たちが光に圧倒されて逃げていく。
ヤタさんが天を仰いで吼えた。
「神女の力……! これが本物の神託か!」
私は最後に、皆の顔を一人一人見つめた。
オオミさんの優しい笑顔。
オクトさんの力強い瞳。
オババ様の穏やかな目。
そして……ミナちゃんの、すでに少し大人びた瞳。
「みんな……ありがとう。
私は未来で、あなたたちの子孫が作った歴史を見守るわ。勾玉が繋いでくれるから……また、いつか会える」
勾玉の光が頂点に達した瞬間、私の体はゆっくりと透き通っていった。
最後に聞いたのは、ミナちゃんの澄んだ声。
「神女……あなたの名前をもう一度教えて」
「氷見子……宮前氷見子よ」
「ヒミコ……私もこれからヒミコと名乗る!
そして、私も神女が作ったこのクニの……全ての人を笑顔にしてみせる! この勾玉と一緒に……次代へ、ずっと繋いでいくから!」
光が弾けた。
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私は、現代の病院のベッドで目覚めていた。
胸に残るのは、小さな温もりを持った勾玉。
そして、その夜――夢の中で見た。
数百年後、箸墓古墳の前で祭りを主宰する若い神女。
彼女の胸には、私の勾玉が輝き、ミナちゃんにそっくりな笑顔で空を見上げていた。
「神女……見てる? みんな、幸せだよ」
私は涙を流しながら、現代の空に向かって小さく頷いた。
勾玉の神秘は、決して消えない。
ただ、形を変えて、次代へと受け継がれていく――
4つのクニの連合を脅威に感じた狗奴国が襲ってきました。そのタイミングで現代へと帰らされたおばちゃん。その意思はミナちゃんへと受け継がれ。




