670日目 〜青と緑と黄色の〜
緑が多くなり、小さな黄色い花がちらほら咲き始めた頃。田んぼの畦を整備して今年の田植えに向けた準備を始めました。
村の広場に宴席が作られ、焚き火がぱちぱちと音を立てている。
隣村の人たちも大勢やってきて、普段は静かな広場が笑い声と酒の匂いで溢れている。
中央に据えられた粗末だけど立派な膳の上には、保存していた干し魚や、冬の間に作った漬物、そして今年初めての新芽を入れたスープが並ぶ。
オオミさんは少し照れくさそうに、でも凛とした顔で新しい帯を締めて立っている。
隣にはオクトさんがいて、いつもより少し背筋が伸びている気がする。
ミナちゃんは二人の間を何往復も走り回って、「おめでとう! おめでとう!」を連呼中。
オババが大きな盃を持って立ち上がる。
「今日はただの祝いじゃねぇ。
この村と隣村が本当の意味で一つになった証でもある。そして、オオミとオクトが、これから一緒にこの村の未来を背負うって約束の日じゃ」
ざわめきが静まり、みんなの視線が二人に集まる。
オクトさんが、深く息を吸ってからゆっくり言葉を紡ぐ。
「俺は……これまで、失ったものばかり数えてきた。
でも今日、ここにいる皆が、俺に新しいものをくれた。オオミ、これからは俺が、お前を守る。
そして……二人で、この村の皆を守っていこう」
オオミさんが、涙を浮かべながらもはっきり答える。
「はい。私も、オクトと一緒に、みんなの笑顔が続くように頑張ります」
盃が交わされ、拍手と歓声が上がる。
ミナちゃんの「おめでとう」の声に、二人は顔を真っ赤にして目を合わせるだけ。
でもその目には、もう迷いがなかった。
私は少し離れたところからその光景を見ていて、ふと、自分の胸に手を当てた。
(この世界に来ておよそ2年。最初はただ生き延びるだけで精一杯だったのに……今は、こんな温かいものを見られるなんて)
春の夜風が頰を撫でる。
遠くで、川の音が優しく響いている。
きっと、この先も厳しい日は来るだろう。
でも、今日みたいな日があるなら、きっと乗り越えられる。
だって、ここにはもう一人じゃない人たちがたくさんいるから。
ドクンッ!!
突然勾玉が激しく反応して、耳鳴りと同時に私の視界がズレた。
足元の土が急にふわっと浮く。
視界の端で、めくれ上がった地層が積み重なってゆく。
これは?!
何かが頭に浮かんだ瞬間、目の前の景色が暗転した――
・
・
・
「宮前さん? 聞こえますか? 私の声、聞こえますか? 目、開いてる……目、合ってるよね?」
ボンヤリとした意識の中で聞こえる声。
誰かしら? 私、呼ばれてる?
「……う……」
あら? うまく声が出ない……と思ったら、急に空気が慌ただしくなった。
「ナースコール! 至急! 12号室! 患者さん覚醒しました!!
植物状態だったのに目が開いて反応あります!! 先生すぐに来てください!」
「宮前さん! 宮前さん!」
手に握られる感覚と、呼びかけられる声にゆっくりと意識が戻ってくる。
明るい……現代的な施設が目に入る。
(えっ……ここはどこ? みんなは? オオミさんは? ミナちゃんは?)
気がつくと病院にいた。
もう何ヶ月も眠っていたらしい。
現場で倒れているのが見つかって病院に運ばれ、意識が戻らないまま眠っていたそうだ。
私が持っていた勾玉を聞くと、誰も知らないと言われた。
リュックにも入っていないみたい。
あの時、確かに私の手にあった勾玉。
それから二か月、私は落ちた筋肉と体力を戻すためのリハビリを続けながら退院するまでの日々を過ごした。
そして、その間もずっと考えていた。
あの弥生時代、纒向で過ごした時間。
あれは幻だったのだろうか? 私の「これが最後」という思いが見せた幻想?
それにしてはリアルだった、今でもハッキリと皆の顔が思い浮かぶ、土や草の匂いも……
それでも、私の手元にはその名残は何も残っていなかった。勾玉でも残っていれば本当だと信じられたのに。
二か月後、退院の日。
調査会社の方が付き添いで来てくれて、家へと帰る途中に不思議な話しをしてくれた。
あの現場で、突然新たな遺構が見つかったそうだ。
何度も試掘や調査を繰り返していた場所なのに、どうして見過ごしていたのだろうと話題になっている。
出てきたのは、争いで亡くなったと思われる人物の埋葬跡
頭部や腕が折れた男性と思われる遺骨の隣に、寄り添うように女性と思われる遺骨。さらには少し小さい未成年程の遺骨。他にも数体の遺骨が並んでいたそうだ。
ドクン!
突然、私の心臓が激しく反応した。
「すみません! 家に戻る前にその現場に寄って貰えませんか?!」
無理を言って発掘現場へ向かって貰った。
もう関係者でもないのだけれど、顔見知りの方がいて近くまで入れてくれた。
そして、その場所に立ってハッキリと思い出した。
ここは、オオミさんやオクトさん、ミナちゃんにオババ様たち皆が住んでいた場所だ。
骨の状態から、この辺りにあった村で争いがあり、その犠牲になった人が埋められたのだろうと推測されている。
まさか……まさか、オクトさん? オオミさん? ミナちゃん? 村のみんな? どうして!?
職員の静止を振り切り、発掘トレンチの際まで寄って覗き込む。
座り込んだ瞬間――
突然、目の前に勾玉が現れて、私の前で激しく光る
飛び込んでくる映像。
私が居なくなって慌てる村の人たち。
近くのクニが攻めてきて、みんな倒れてしまう。
埋められる遺体。
その中に、知っている顔が見えた。
そしてまた目眩が襲う――
「神女! 神女!」
パチパチと音を立てて灯る松明。
その光に照らされて、私の心配そうに見守るミナちゃんの顔が目に入る。
オオミさんにオクトさんも。
「ミナちゃん! オオミ! オクトさんも、無事だったのね!」
思わずミナちゃんに抱きついてしまい、驚かれてしまったけれど。
さっきの映像があまりにもショック過ぎて……。
さっき見たのは、私が居なくなってこの村が襲われ、皆が居なくなってしまう未来。
なぜ? どうして?
2年前、池で見た映像が蘇る。
私は、あんな事にならないようにと皆が笑顔になれるようにと行動してきたのに……
このままだと争いは避けられないと言う事なの?
やっと、ここまで来たのに。
何か間違えてる?
本来、纒向遺跡は政治と祭り事の中心で農耕の跡は少なかった。
今のこの場所は、私の知識を使って田畑を拡張し、製鉄まで成功している。
歴史の纒向遺跡とは趣が変わってきている。
「それがいけないの?」
この世界が歴史のズレを治そうとしている?
私と言う異物が、適度に干渉するのは許しても過度な改変は許されないという事かしら?
とすれば、纒向は発掘で分かった歴史通りに祭事の中心都市として開発し、田畑や生活圏は周辺へと移動させれば良いの?
近郊の村々と繋がって人口を増やして影響力を高める。
新たな足掛かりになった中河内との関係をもっと強化して周囲へと繋がりを増やす。
そして、周囲のクニからも一目置かれる纒向へ。
争いでなく、共存を図るクニ作りへ。
それが、私に残された役割。
おばちゃんが見た未来。おばちゃんの行動を歴史が変えようとしている?
次回、おばちゃんの取った行動は。




