625日目 〜雪溶け、春の息吹〜
凍っていた川が、その薄氷の下で流れる音を奏でる。
土手には、残雪の中から春の芽吹きが顔を出している。
春です。
まちがえた、おばちゃんです。
この冬は、たくさんの備蓄のお陰で皆がお腹を空かせるこ事もなく過ごせました。
亡くなる者が居なかった、これは村始まって以来の事なのだそう。
冬の間に飢えや寒さで死ぬなんて、現代の日本ではほとんど考えられなかったことだものね。
そんな当たり前に慣れていた私には、この冬だけじゃなく、毎年当たり前に過ごせるようにしたいと改めて考えさせられました。
「神女! 春よ!」
キラキラした笑顔でミナちゃんが駆け寄ってくる。
後ろからは、オオミさんとオクトさんが歩いてきてる。
あら? あの2人あんなに距離が近かったかしら……。
見られているのが分かったのか、2人が視線を合わせて赤くなる。
何か――と聞くのは野暮よね。
3人と一緒にオババの所に挨拶にゆく。
「神女よ、お前さんの指導のおかげで稲は豊作、備蓄も十分に備えられ村は飢えずに済んだ。礼を言うよ」
オババが深々と頭を下げてくる。
「あらあら、私だけじゃなくて村の皆が頑張ってくれたおかげよ」
雪が溶けたら、田んぼを耕かす。
今年はもっと田んぼを広げる予定で、その為の種籾も取ってある。
隣村……今年から同じ仲間になったのよね、の人達とも一緒に作業するのでかなり広げられるはず。
「オオミとオクトは夫婦になるのか?」
突然、オババが2人に爆弾を投げたわ!
真っ赤になるオオミさんと、慌てて落ち着かないオクトさん。
冬の間、村の人の様子を気にして体調の悪い者は居ないか、食べ物は十分に足りているかと聞いて回っていたオオミさん。
オクトさんは、冬の間も村の周囲を警戒し、水車の修理や、狩にも精を出していた。
お互いのそんな姿を目にして、お互いが気にし合っていたという事。
まあ、まあ、まあ!
オクトさんが、急に真面目な顔になって。
「オオミは働き者で、村の女達のまとめ役としても良くこなしていると思っているが、そんな話しはした事もない。それに……俺は2年前に子と妻を亡くしたばかりで」
そこで声に詰まったオクトさんにオババが言ったの。
「だからこそじゃ! オクトよ、お前さんは村の大人として頑張っておる。オオミも女衆のまとめ役としてワシらも感心して見ておる」
ウンウンと頷いて聞いているミナちゃん。
「もちろん、村の他の連中もじゃ。オオミを嫁にと隣村の長から話が出とったぞ」
「「えっ!?」」
突然の話して驚いて顔を見合わせる2人。
「どうする? 黙っていたら、隣村の男にオオミを持ってゆかれるぞ?」
オオミさんは、ジッと立ったまま少し震えて手を組み合わせオクトさんの方に顔を向ける。
「オオミは、俺で良いのか? 他に好きな男は居ないのか?」
(オクトさん! その聞き方はダメよ!)
震えるような小さな声でオオミさんは答えた。
「オクト……あなたが良い。私は小さな頃からオクトを見ていた。あなたの隣に立ちたかったが、前は勇気が出なかった」
オオミさんの目が真っ赤になっている。
「オクトが、シズクと結婚すると聞いた時、私は一人で泣いた、泣いて諦めて、二人を祝福する事にした」
オクトさんは、しばらく黙ったままだった。
視線を地面に落として、握った拳が小さく震えている。
やがて、ゆっくりと顔を上げて、オオミさんを見つめた。
「……俺は、もう二度と、あんな思いはしたくないと思っていた。
家族を失ったあの日から、村を守る以外のことは考えられなくなった。
でも、オオミ。お前が隣にいてくれるなら……俺はもう一度、誰かを――お前を、幸せにできるかもしれない」
声は低くて、少し掠れていたけど、そこに嘘はなかった。
オオミさんは、涙を堪えきれずにぽろぽろと零しながら、でも笑顔で頷いた。
「オクト……私も、ずっとあなたを支えたい。
一緒に村を、みんなを、守っていきたい。
それが、私の幸せだから」
二人は、そっと手を重ねた。
まだぎこちなくて、でも確かな温もり。
春の風が、溶けた雪の匂いを運んでくる。
ミナちゃんが、ぴょんぴょん跳ねながら叫んだ。
「やったー! オオミ! オクトさん夫婦だー! 神女! お祝いだよ! お祝い!」
オババが、にやりと笑って肩を叩く。
「ほれ、決まったな。
春の田植え前に、村の皆で祝いの席を設けるぞ。
隣村の連中も呼んで、盛大にやろうじゃないか」
私は、心の中でそっと呟いた。
(よかった……本当に、よかった)
春は、ただ雪が溶けるだけじゃない。
凍っていた心も、少しずつ溶かしていく。
この村に、また新しい命の息吹が芽吹こうとしているわ。
オオミさんとオクトさんが夫婦になります。
お互い小さな頃から見ていた二人。
どうぞお幸せに。
次回は、2人の結婚式で突然の出来事が。




