謎の魔物の正体は
深い森の中を疾走する。
走り出してすぐ、エクバルトもユーベルも体勢を立て直して、アスワドに乗ってくれた。
だが、私に彼らを気にする余裕は無い。背後に迫ってくる気配に背筋を凍らせつつ、とにかく逃げる。
どこがいい?!開けた場所か……?それとも……ああ、あそこだ!
あの大きな岩!
指示を出さずともアスワドは私の意を汲み取り、岩を駆け上がる。
てっぺんに着くなり私はアスワドから飛び降りて、エクバルトとユーベルを振り返った。
「火の魔法は使えますか!」
「使える」
エクバルトが短く答える。
私は眼下に広がる森の中で、岩から近い、てっぺんが曲がっている高い木を指した。
「あの木の少し後ろ辺りに、火を放ってください!」
「火事になるぞ?!」
「木には当てず、空中で破裂させるような感じです!」
「無茶を言う……」
そう言いながらも、腰の剣を抜いて呪文を呟き、エクバルトは火の魔法を放った。
シュッ、ボウッ!
私が指示した付近で鮮やかに炎が上がる。
その途端、こちらに向かっていた黒い影が引き返してゆくのが見えた。
良かった……。
思わず、力が抜けてその場にへたり込んでしまった。アスワドが宥めるように、頬を舐めてくれる。
「えーと?……いまいち状況が掴めないんだけど……何か、追いかけてきてたの?」
ユーベルが、私とエクバルトと炎を飛ばした辺りを交互に見る。
エクバルトも頭を掻きながら、剣を軽く振る。
「リン、申し訳ない。私もさっぱり分からない。何があった?」
エクバルトはすぐ動けるように、まだ剣は抜いたままで臨戦態勢だ。いつもは飄々としているのに、今はその気配が完全に消えて、刺すような鋭さを放っている。
……そうか。この程度の月明かりであの距離だと、彼らには見えないか。
私の場合は身体強化だけでなく、暗闇でも見えるもんな。
私はエクバルトを見上げた。
「百足です」
「……むかで?」
「今回の魔獣の正体ですよ。巨大な、百足」
吐き捨てるように言うと、エクバルトはしばらく熟考した。
「むかで」
そしてゆっくりと繰り返し、首を傾げる。
「ん?……もしかしてリンは、百足が苦手なのかい?」
「苦手ではなく!見るのも嫌なくらい、嫌悪しています!!」
私は百足……何よりもあの大量の足に、どうしようもなく生理的嫌悪感を感じるのだ。全身が怖気だって、例え安全なガラス越しでも見たくない。これはもう、理屈も何もなく、本能のようなものだ。
「……巨大蚯蚓、平気だったのに」
「蚯蚓とは、まったく違います」
蚯蚓なんて、可愛いくらいじゃないか!
なんなら、飼い慣らして騎獣にすることも平気だ。
ユーベルがポカンとする。
「え……ムカデが嫌いだから、逃げたの?!」
「一人で逃げ出さなかっただけ、これでもかなり理性が働いています」
というか。
細い月明かりの下、上半身を上げて辺りを窺う百足が見えた、あの、瞬間!
咄嗟にアスラの闇魔法をぶっ放さなかった、自分を褒めたい。もし、恐怖に負けて後先考えずに魔法を放っていたら……辺り一面、焦土だ。
絶対、火力調整なんて出来なかった。
「まさか、リンに苦手なものがあるとは……」
エクバルトが苦笑混じりに言い、剣を仕舞う。
肩から力が抜け、雰囲気が柔らかくなった。
「蛇や、蜘蛛は?」
「蛇も蜘蛛も蠍も平気です。私が嫌悪しているのは、多足類です。百足やゲジ」
ヤスデも多足類だが、足が短いし動きが遅いので問題ない。たくさんの長い足があって、速く動くものが嫌いなのだ。
ああ、あともう一つ。
多足類ではなく等脚目であるフナムシも好きではない。あのウゾウゾとした足を見るとゾッとする。が……あいつらはすぐに逃げるので、まあ、なんとか許せる。
ちなみに、ゴキブリも(決して好きではないが)平気である。
ユーベルが呆れた顔をした。
「獰猛な獣に比べたら、虫なんてカワイイもんじゃん」
「あのデカさは、可愛いといえる大きさではないでしょう」
「ああ、うん、魔物になるとそうだけどさー。でも、普通の小さいのも、ダメなの?前世で何かあった?」
「前世ではなく、前世の前世で襲われたのかも知れませんね」
「なぜ、前世の前世……」
それは、前世で幼少期からすでに駄目だったからだ。
エクバルトがユーベルの肩を叩く。
「まあまあ!私も実を言えば、ナメクジが駄目なんだ。人間、何かしら苦手なものはあるさ。とはいえ……この探索にリンを加える訳にはいかなくなったなぁ。あの暗さで、遠くの百足に気付いたリンの目の良さは、かなり頼りになるんだが」
外してくれるのは助かる。
百足と分かった今、遠目だろうと、見るのも嫌だ。
アスワドが私に身体をすり寄せてきた。どうやら慰めてくれているようだ。
「そっかぁ。じゃあ、副団長と僕の2人でやるしか、ないかぁ」
「ああ。……ま、敵の正体が分かれば、それだけでも心積もりが違う」
正体、ね。
確かに、何が敵か分からないよりは、対策が立てられる。
「えーと、百足は体液にも毒性があるそうなので。安易に斬らないよう、気を付けてください」
前世の百足と、この世界の百足はまったく同じではないだろうが……今まで、似通った昆虫、獣、植物をたくさん見てきた。似ているなら、ある程度は中身も似ているに違いない。そして、弱点も。
「弱点は頭部と熱です。小さければ、熱湯をかければ済むんですが……そうですね、頭部を焼くといいかも知れませんね」
「わかった。ありがとう」
同行しなくていいのだ。情報くらい、喜んでいくらでも提供する。
「それにしても……できれば昼間、潜んでいる場所を叩きたいなぁ……。こんなに鬱蒼とした森の中、夜は不利だ」
「でも、これだけ広いと捜索は難しすぎますよ、副団長」
ユーベルが絶望的な顔で森を示して言う。
すると、アスワドが鼻先で私を押してきた。
え?
手伝ってくれる……のか?
翌朝、ズィーベンタイヒの騎士たちとエクバルト、ユーベルは、アスワドに導かれて百足退治に向かった。
百足の匂いを、アスワドが追ってくれるのだ。
私はといえば、百足を見たくないので、離れた場所で一人待機である。
―――半日ほどで、エクバルトたちは戻ってきた。無事に百足退治できたらしい。
「賢いね、この子!魔獣なのに、主から離れてもちゃんと行動する。こっちの言うことも分かってるようだし」
帰ってくるなり、ユーベルが興奮して私に突進してきた。
「アスワドは、ちょっと特別です」
なにせ、アスラの影響を受けている。普通の岩狼とは、かなり違っているはずだ。
「へぇぇぇ。……他の魔獣は?喚べる?」
「喚びません。あ!あと、アスワドに勝手に触れるのも無しですよ。襲いますからね?」
いい子のアスワドはそんなことをしないが、今は私の意図するところを察し、ユーベルに歯を剥く。
ユーベルは、慌てて一歩下がった。
魔獣研究は、重要なことだと思う。でも、他の魔獣とは違うアスワドやミチルを詳しく調べられるのは困る。
協力できるとしたら、見せることくらいだろうか。
どこからか、エクバルトがズィーベンタイヒの騎士たちと共に、猪のような獣の死骸を持ってきた。
「リン、こいつをアスワドに与えていいかい?今回の報酬代わりだ」
「はい」
獣を見るなり、アスワドは耳をピンと立てて嬉しそうにお座りした。
私は耳裏を軽く掻いてやり、「食べていいぞ」と許可する。
「うぉん!」
「……優秀だなぁ、アスワド。そうだ!第2騎士団に入団しないか?特別に騎士の一人として!」
エクバルトがにこにこと言う。
私は顔をしかめた。
「駄目です」
「残念。……そうそう、リンも、今回は本当に助かったよ。言われた通り、頭を焼いたら早かった。アスワドが百足に気付かれないよう、上手に回り込んで案内してくれたしね」
へえ!さすが、アスワド。
豪快に肉を貪るアスワドを眺めながら、エクバルトがほうっと深い息を吐いた。
「いやはや……リンを連れてきたら敵と遭遇しやすいかな?と思ったら、まさに当たりだったなぁ!その上、退治も楽だったし。……リン、なんなら副団長の座を譲るから、第2騎士団においで」
「だから、入りませんって!」
冗談!
どう見ても、第2騎士団の副団長なんて雑用係じゃないか。そんな座、欲しくない。
私は、組織に入るならトップがいい。
でも今世では、トップには立ちたくないんだよな……。組織的面倒ごとなど、全部、他へ任せてしまいたい。
というか、前世では自分で会社を立ち上げて、下っ端会社員を経験することがなかった。今世で、あちこち使われる立場を経験してみたら……案外、これはこれで面白いと感じる。
前世で、きっと私はあまりにも早く上に行ってしまったんだろう。もう少し、下の立場を体験したり、好き勝手する自由を満喫しなければ。なにせ、まだ15歳なんだからな!
リンにも大の苦手なものが出現!
これがもし広く知られると……学園で机の中にムカデとか、嫌がらせを受けたりして?
(今回のシーンを書くにあたり、ムカデの習性をググったら……一緒に画像も出てきて、私もダメージ!!いや~、キモ~~~!!!)




