深穴攻略法を聞く
ちょっとトイレ……にしては、長くなったと思うが、ユーベルは森から戻ってきた私に何も聞くことはせず、「じゃ、行こうか」と馬を歩ませ始めた。
私も馬に飛び乗り、彼の後を追う。
ちなみに盗賊団ご一行は、アインベルガー領の化粧品工場へ行くよう指示した。足の弱い年寄りもいるらしいので、ここから歩いてアインベルガー領までとなると、1~2か月は掛かることだろう。
とりあえず帰ったら、急ぎフレディスに連絡しておかねばなるまい。彼らの正体を明かすべきかどうか……悩むなぁ。
さほど進まぬうちにユーベルが、「彼らと仲良くなったの?」と聞いてきた。
ほほう。彼ら、と来た。
もしかして、ちゃんと人数も把握しているのか。
「別に仲良くなってはいませんが……」
「ふうん。……出来れば、あの洞窟を魔気で満たした方法を教えてもらって欲しいんだけどな。もう、彼らとは会わない?僕は、君があの人たちと親しくなったとしても、特に何も言うつもりはないんだ。第2騎士団の団員だったらそういう訳にもいかないけど、今の僕は魔獣に関する研究が最優先事項だから」
「魔気……ですか」
「そう。もし、研究所で濃い魔気を発生させられたら、今までとは違う研究が出来そうじゃない?」
確かに……そうだろうな。
うーん、先にそれを聞いておけば、さっき、回答を持って帰れたのに。
どうする?アインベルガー領で働かせるつもりだと打ち明けるか?
悩んだ末、「いつか、機会があれば聞いておきます」と返した。
ユーベルは、片目をウィンクして「よろしく!」と軽快に頷く。私が再び彼らと会うことに確信を持っている口調だ。
かなり先の話になりそうなので……この件、忘れないようにしておかないと。
フォルネに着いた。
エクバルトは近隣の調査に赴いていて、不在だ。
ユーベルも到着するなり、「翼鬣犬の様子を見てくる」と出て行く。
警備隊の面々は各地に散っているらしく、数人の見張りが残っているくらいで、駐屯地は静かである。
掃除をしている年配男性が私を見て、にこにこと「お茶でも用意しようか」と言ってくれた。
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
さて。
思わぬ暇な時間が出来た。まあ、たまにはのんびり散歩でもするか。
―――ということで、町の中心部へ行く。
ここは警備隊の駐屯地もあるので、山間の町にしては大きな方らしい。
この辺は木材が特産品なので、木材問屋が多い。加工品もいろいろと売っている。
肉を焼く香ばしい匂いもした。
……でも、あの塩漬け肉だと思うと、買うのが躊躇われる。
「飯なら、そっちの裏通りにある"鳥かご亭"がオススメだ。帝都出身の女将がやってて、帝都風な味付け料理を出している」
いつの間にか私の横にいた女が、裏通りを指しながらそう教えてくれた。
「別に腹は減ってない」
「そうか?でも、こっちの味付けは好みじゃないだろ?知っておいて損はない」
「なるほど」
確かにその通りだ。今夜の食事は駐屯地じゃなく、その店に行ってみてもいいかも知れない。
納得してから、私は隣の女に視線を移した。
「……で。何故、ここにいる?仲間とアインベルガー領へ向かってるはずだろ?」
女は歯を剥いて笑った。
「あんたともうちょっと話がしたくなったんだ。そんな冷たい言い方をするなよ」
話をすることなんて……私にはないぞ?
女―――カーリンの案内で、大衆食堂のような店に入る。
「ここのシュバンはウマい。せっかくだから食べておきな」
と勝手に注文され、運ばれてきたのは緑色の饅頭のようなものだ。
中を割ると、さまざまな木の実や果物が細かく砕かれて入っている。
食べてみたら……甘かった。いわゆるスイーツという訳か。
しかしながら甘ったるくもないので、普通に美味しく頂ける。外の皮は、肉まんなどの皮に似ているだろうか。もっちりとしていて、ここも美味しい。
「な、ウマいだろ?あたしは子供の頃から、これが好きなんだ」
「うん。うまいな」
「お頭……母さんのお気に入りさ。昔っからいいことがあった日は、これを買って帰ってきてくれた」
カーリンは片肘をついて、反対の手で饅頭を持ち上げた。
「……なあ。あのとき、母さんと何を話した?」
「彼女があんたに言わなかったのなら、私も言わない」
なるほど、それを聞きたくて付いて来たのか。
カーリンはじろっと私を睨んでから、饅頭を下ろして溜め息をついた。
「ちぇっ。やっぱ、ダメか。ま、いい。……もう一つ、用件があるんだよ。あんたに礼を言おうと思ってな。母さんや他の人間がいる前では言いにくかった」
言いながら、真っ直ぐに私を見る。
それまで少々ヘラヘラした態度だったものが、改まった。
「最初はつっかかって悪かった。だが、あたしらを引き受けてくれて、感謝している」
「へえ?礼を言われるとは思わなかったな」
「母さんの体調が悪いのはわかっていたんだ。大きなヤマに手を出したのは、きっと自分がそんなに長くムリできないと悟ったからだろ」
カーリンは小さく首を振った。
「わかっていたけど、あたしにはどうしようもなかった。でもこれで……母さんを安心して休ませてやれる。大金を手にしたって、あたしらじゃ、それを元手に新しいことを始めるのも難しい。マトモな働き口を紹介してくれる方が、何倍も助かる。本当に……ありがとう」
ほんの少し、泣き笑いの顔になってカーリンは言い……すぐに横を向いた。
うーん……単に成り行きだったんだが、まあ、彼女らが更生して真っ当に生きてくれるなら、いいか。あと、彼女の母親はもう長くないのだが……やっぱり言わない方がいいよな。
カーリンはふいに表情を消して、私の耳元にそっと口を寄せた。
「なあ。母さんは殺しはダメだと言うけどな。でもあたしは、あんたの恩に報いるためなら誰でもヤッてやるから。邪魔なヤツがいたら、遠慮なく言ってくれ」
「おい!」
「ははっ!あたしは、生まれたときから裏社会で生きてきたんだ。母さんにはヒミツだが、もう真っ黒なんだよ。気にするな」
気にするに決まっている!
しかも、もう真っ黒ってなんだ??
あーあ……とんでもないのを懐に入れてしまったぞ……。
―――私のところでは、盗賊団以上に殺しは厳禁だ!と何度も言い聞かせ、自身の気も少し落ち着かせてから、ユーベルに言われていたことを聞いてみた。
あの、洞穴を魔気で満たした方法だ。
「ああ、アレね。アレは、アカメガマガエルだよ」
「カエル?」
カエルで魔気……?
カーリンは「これくらいの……」と両手でバスケットボールくらいの大きさを表した。
「魔物のカエルだ。ドゥモアという沼地にいる。本来は平べったい腹なんだが、ときどき、丸くふくれあがったヤツがいてな。そいつらは、腹に魔毒を溜めていて―――魔毒ってのは、あたしらが勝手に言ってるだけだがね、まあ、そいつを口から飛ばして、鳥やリスなんかを仕留めて食うのさ」
鳥やリスを食べるカエル!さすが……魔物だ。
もっとデカかったら、人も食べるに違いない。
「で、その腹が丸いカエルを捕まえて、口を縛って数日干しておけば、魔毒弾が出来上がるってぇ次第だ。投げて、何かにぶつかると簡単に弾け、魔毒が散る」
「口を縛って干す……」
「そ。沼地から出ると、そのうち弱って勝手に死ぬからな。死んだときに口から魔毒が出ていかないよう、縛っておくんだ」
ふうん。きっとカエルは魔気を腹に貯め、濃度を濃くしているのだろう。
「よくそんなカエルを知っていたな」
思わず感心してそう言えば、カーリンは肩をすくめた。
「その地域のいたずら好き子供たちの間では、よく知られているカエルだよ。あたしみたいな身体強化の人間は平気だけど、魔力を持つヤツに投げつけると、気を失って倒れるんだ」
「いやいや、それは危ないだろ……」
「あはは、別にどうってことない。ひっくりかえっても、半日もすりゃ目が覚める。まあ、魔道具はぶっ壊れるけどね」
なるほどねぇ。
ユーベルに教えたら、捕まえに行くと言い出すかな?
「あの洞窟には、どれくらい持っていったんだ?」
「そうだなぁ……一匹いれば小さい家を魔毒で満たせるが、なんせ深穴はデカい。3日ほどかけて、底にある倉庫へ大量に運び入れたよ。百匹は超えてたんじゃないか?」
ちなみに、鉱石組合に協力者がいるので、運び込むのは簡単だったそうだ。
というか……事前に中へ運び込まれる荷物のチェックをしていないとは!なんて警備が甘いんだ。
それとも、警備の人間にも協力者がいるのだろうか。
「とにかく、まあ、大変だったよ!カエルを集めるまで何か月もかかったし、そのうえ、当日は早朝から倉庫の中でカエルを針で刺して魔毒をこっそり出していたんだ。で、開始の合図に母さんがカエルを深穴の底に投げ込むから、それに合わせて倉庫の扉を開けた。さすがに密室であの魔毒の量では、あたしもティローも、途中から意識が朦朧として吐き気がしたね。魔毒はあたしらには無害だと思ってたけど、そんなことは無いらしい」
「のん気だなぁ……。というか、あんたたちは殺しはしないんだろ。でも、それだけの濃度の魔毒では、魔力のある人間は死んでいたんじゃないか?」
「大丈夫だって」
あっけらかんとカーリンは笑う。
「何十年か前に、愛人の子を殺そうとして、魔毒の充満した部屋に子供を数日間閉じ込めたバカがいてな。でも助け出された子供は、しばらく意識不明だったが、あとは普通に目覚めた。てワケで、穴から出りゃ、平気だ」
まったく……なんとも適当な判断基準だ。
見本市には、かなりの人間が集まっていた。倒れた人間全員を外へ運び出すのは、そう容易ではない。奥の方で倒れていたら、気付かれないまま死んでしまった可能性もある。
これは、盗賊団一味がアインベルガー領へ来たら、みっちりと指導が必要だな。




