身元引き受け人……?
当初の予定とは異なったが、探している石が手に入る算段がついたので……翌日にはティーフェを出た。フォルネに戻って、エクバルトと合流しなければならない。
ちなみに、見本市は3日間開催予定だったのだが、今日は中止である。しかし今日中に警備体制を強化して、明日は開催するそうだ。
さて、私たちがティーフェを出ても、途中まで警備兵が付いてきてくれた。
まだかなり若そうな青年と、人の好さそうな中年男性の2人だ。
「今回は、あなたたちが見本市に来られていて、さらにオトカールさまもいらっしゃって良かったです。いろいろと対応が早く、本当に助かりました」
青年がにこにこと言う。中年男性も頷いた。
「わたしらでは、右往左往するだけでしたよ。黒い風のヤツらも、悔しがっているでしょうね。上手く盗めていたら、今までで一番の稼ぎだったでしょうから!」
うん……たまたまとは言え、向こうは運が無かったよな。反対に私は良い方へ転がり、黒い風には感謝を言いたいくらいだ。
警備兵たちと別れ、しばらくすると……気になる気配を感じた。
たぶん、ユーベルも気付いているとは思うんだが。
私は少し考えてから、「あの」とユーベルに声を掛けた。
「ちょっと催してきたので、その辺の木陰に行ってきます」
「…………うん」
一瞬、ユーベルは何か言いたそうな顔になったが、結局何も言わずにただ短く頷く。私は馬を置いて、道の脇の森の中へ入っていった。
―――ユーベルや馬とそれなりの距離が開く。
やがて、私の前に黒尽くめの人物が現れた。
「良かったよ。あんたが連れと離れてくれて。連れも、なんかすごい魔法を使うんだって?あんたも、あの男も……ただ者じゃないねぇ」
「そうだね。あの男は、元騎士団の人間だから。あんたたちが付けていることも、気付いているよ」
黒尽くめの人物に答えつつ、私はちらっと後ろを振り返った。
私の背後に、更に2人の人物。どちらも顔は隠していない。若い女性と、壮年の男性だ。
「で。……なんの用だ?」
後ろの2人からはビシビシと敵意を感じるが、目の前の人物からは感じない。3人で復讐しに来たという訳ではなさそうだ。
黒尽くめの人物は、頭を覆っていた布を取った。
現れたのは……30代後半か40代くらいの女性だった。やや、顔色は優れない。
見本市から追いかけたときに、体の線の細さから女性だろうと思っていたが、やはり当たりだったな。
「カーリンもティローも、少し下がれ。まずは私が話をする」
彼女は横柄に、私の後ろの2人に手を振る。2人は、渋々といった調子で少し離れた。
「さて、と。……なあ、あんた。あのとき、その体術ならもっと違う生き方ができるはずだと言ったよな」
言いながら、私にゆっくりと近寄ってくる。両手は軽く広げていて、襲う気はないと体で表明している。
「だが、残念ながら私は盗みに使う以外、使い道を知らなかった。でも、あんたなら……他の使い道を教えてくれるかい?」
「どういった心境の変化だ?」
あのとき、彼女はもう盗みは止めると言わなかった。一日経って、考え直したのだろうか。
女は、苦笑いした。
「あの深穴での仕事を最後にして、黒い風は解散するはずだったんだよ。それを、あんたがぶち壊した。2年もかけて計画していたのにさ!……でもまあ、あんたは私を警備兵に突き出さなかった。盗賊は、捕まったら終わりだ。終わらなかったということは……まだ、私に運が残っている気がしてね。その運に縋りに来たってワケだ」
えええ?
盗賊の良い"運"になんか、なりたくない。
私が顔をしかめたら、彼女は笑った。
「あんた、アインベルガー家の護衛だって?平民で、すごいじゃないか。フォルネの街道警備隊の奴らも負かしたんだろ」
「よく知ってるな」
「私らの情報網を甘くみないでおくれ。……なあ。正直なところ、私だって別に盗っ人で生きたかったワケじゃないんだ。ということであんた、私らを使ってみないか?人に使われる生き方を考えたことはなかったが、あんたなら面白そうだ」
私はつい、溜め息をついた。
何故だ。今世は、何故、面倒そうな人間と縁が出来るんだ……。
「子供の私に使われるなんて、あんたの配下は納得しないだろ」
「私から見りゃ、確かにあんたは子供だけどね。だが、いくつだ?」
「15」
推定の括弧書きがつくが、まあ、その辺りで間違いない。
女は笑った。
「じゃ、もう独り立ちする年頃だ。問題ない」
「そうか?後ろの2人は納得していない」
「だから、連れてきた。あんたの力をその目で見りゃ、納得するだろ」
いや、だから納得されても……。
「私はただの貴族の護衛だ。あんたたちの面倒は見れない」
ここで安請け合いして、盗賊団の身柄を引き受ける事態になったら……たまったもんじゃない。そもそもこいつらを使うって、どう使えばいいんだ。私は、闇組織のボスか?
私は、前世はコンプライアンスを徹底した誠実経営の優良企業社長だったのだ。妙な諜報活動だって、したことはない。
本当に……これは、困る。
「じゃあ、良い仕事先を紹介してくれ。あんたは私らの最後の稼ぎを奪い、そのまま処罰すればいいものを、中途半端に助けた。その責任は取ってもらいたい」
「命が助かっただけ、儲けものだろ!ひどい言い掛かりだ」
押し売りにもほどがある!
ただの平民の護衛に、一体どんな伝手があると思っているんだ。
しかし、女はニヤニヤしたまま譲らない。
「あんた、平民のうえに異国民なんだってな。それなのに、帝国八大公爵のアインベルガー家に雇われ、第2騎士団とも懇意。そして、余所者が参加するのは難しい深穴の見本市にいた……絶対にタダ者じゃない」
ただの前世の記憶持ちだよ……。
すると女は身を寄せ、急に声をひそめた。
「実を言うとな。私は、もう先が長くない。本当に、あの深穴の仕事を最後にして盗賊稼業から足を洗うつもりだった」
真剣な声に、思わず女の顔を見る。
それまでの軽薄な空気を消し、女は乞うような真剣な眼差しで私を見ていた。
「病で、もう半年も持たないと思う。ろくな生き方をしなかったツケだ、別にそれに対しては何も思わない。最後に、黒い風の頭として、大勢の前で首を切られても構わない。……だが、仲間は出来れば普通の生き方をさせてやりたい。あの2人を除けば、仲間といっても年寄りと子供だけ。行くあてのない者たちばかりなんだ。……私を見逃した人の好いあんたなら、助けてくれるかも知れないと踏んだ。虫のいいことを言っているのは、わかっている。でも……助けて欲しい」
「虫が良すぎるだろ……。平民の子供相手に、どれだけの無茶を言ってるか、本当に分かっているか?」
「ああ。まったくもって、蜘蛛の糸より細い希望だ。だけど私のようなものには、他に縋るものが何一つない」
私は、後ろでこちらを睨んでいる男女2人を見た。若い女性の方は、この目の前の女と似た面差しをしている。
「彼女は、あんたの娘か?」
「……16で産んだ一人娘だよ。今年で22だ。ちなみに、相手はあの男じゃないからな?女手一つで育てたが、あの子が知っているのは裏の世界だけ。親として真っ当な生き方をさせたかったが、私にはムリだった……」
小さく溜め息をついて、女は首を振った。
「ともかく、あの子も他のヤツらも、いろいろと情報を集めたり人目を引いたりと手伝いはしたが、実際にブツを盗むのは私しかしていない。頼む、ここではないどこかで、普通の生活をさせてやってくれないか。どんな仕事でも構わない。全員、真面目に働く意思はある」
「…………」
この世界で、底辺の人間が一つでも上に上がるのは確かに難しいことだろう。
たとえ僅かでも、縋れそうな糸があったら手を伸ばしたくなるのは分かる。
…………はああ。
仕方ないか……。
偉そうに説教をしたし、女を捕まえなかったもんなー。
完全に私にどうしようもないなら、すっぱりと断れるんだが、当てが無い訳でもない。なのに見捨てると、きっと、ずっと心のどこかで気になることだろう。まったくもって損な性分だ。
「分かった。働く先を紹介する。年寄りや子供でも働ける職場だ。しっかり働いてもらうぞ」
女は、ホッとしたように笑った。
今は厳しい生活で刻まれた皺や痩けた頬のせいで凄みのある顔立ちになっているが、10代の頃はなかなか美人だったに違いない。その片鱗がほんの少し、覗いた。
「……で。娘は、あんたの病のことは?」
「体調が良くないというのは分かっている。でも、もうすぐ死ぬことは知らない。盗賊を止めて、どこかで療養すれば良くなると思っているだろう。他の仲間たちもね」
なるほど。
ま、病の告知については、私の関知することろではないか。
さて、女との話が終わったので、離れたところで待っている2人に向き合う。
娘の方が獰猛な笑みを浮かべた。母に似た美人だが、野性味が強い。
こちらに近寄ってきて、両手を腰に当てて傲然とした調子で言う。
「お頭が評価したあんたの力、見せてもらおうか」
「力で負けたら、素直に従うのか?」
「ああ。納得したら、従う」
「分かった」
第2騎士団や街道警備隊の連中も、実力主義だ。分かりやすくていいのはいいんだが……。
私は身体を強化した。
「では、ここで戦うのは無しだ。私の連れに気付かれる。強化した拳で思いっ切り殴ってきたらいい。別に蹴りでも構わない」
「思いっ切りだぁ?あたしの強化は、かなり強いけどな?」
「それが通じないと分かれば、強さの違いははっきりするだろ」
「言ったな」
笑みが大きくなり、予備動作もなく拳が唸りをあげて腹に叩き込まれてきた。更に、右足が高く上がって首に回し蹴りが入る。
……遠慮が欠片も見当たらない。
そして、強化に自信があるのも宜なるかな。
フォルネの警備隊一の力自慢に負けるとも劣らぬ力だ。踏ん張っていたが、さすがに少し体勢を崩した。
「……これで終わりか?」
「マジかよ、耐えたのか?!」
娘の目が丸くなる。
私はにこやかな笑みを浮かべた。
「そっちも強化しろ。少し手加減して蹴ってやる」
「ざけんな、全力でやれ!」
いやいや、内臓破裂されたらたまらない。
両手をクロスして構える娘に、私はやや手加減した蹴りを入れ……彼女を離れた木まで吹っ飛ばした。
次回更新、3月27日の予定




