突然、明かりが消えて
さっそく見本市を回る。
多くのブースでメインとなっているのは、宝石の原石のようだ。
残念ながら、前世で宝石類は扱っていなかったので、私はあまり詳しくない。とは言いつつも、社長として華やかな場に出る際は、それなりの宝石を身に着けていたので、最低限の知識は持っている。
それと祖母が宝飾品好きで良い品をたくさん持っていたこともあり、目はまあまあ肥えている方ではないかと思う。
ちなみに宝石の中で私が好きなものといえば、オパールだ。ウォーターオパールの神秘的で美しい色合いは見惚れる。ただし実際に身に着けていたのは、どちらかといえばペリドットやグリーントルマリンなどの緑色が多かった。
今の私では似合わない気がするが、前世の私には合う色合いだったのだ。まあ、祖母のように集める趣味はなかったので、さほど持っていた訳ではないけれど。
―――ともかくも、じっくり見て回るにはあまりにブースが多いので、オトカールの案内でまずは必要な赤色の鉱物を探す。
オトカールによれば、わりと上層階(つまり地上に近い方)に私の求めているような鉱物が置かれているらしい。下へ行くほど、すり潰して使ったりはしない、高価な宝石類になるそうだ。
これは盗難防止の観点で、そういうブース配置になっているとのこと。
つまりこの洞窟は、底は地底湖と繋がっていて出口がないため、もし盗むような人間が現れても、必然的に一箇所しかない出入り口を通らねばならないからである。
「とはいえ、魔法で空を飛んで逃げようとする者もおります。ですから、中央の空間や入口の上の方には剛粘糸が張り巡らされているのですよ」
「剛粘糸?!」
剛粘糸は……護衛者の大会で、私が掛かったあのベトベトの糸だ。
パッと見た限りでは、糸が張っているようには見えない。
「ご存じですか、剛粘糸のことは」
「はい」
オトカールは感心したように髭を少し弾いた。
「さすがアインベルガー家の護衛を務めるだけはありますな。あれはわりと希少な糸で、さほど出回ってはいないのですが。……あの糸は切れにくく粘着性も高い。この中で迂闊に空を飛べば、引っ掛かって動けなくなるという次第です」
なるほど。
あのベトベトは、本当に厄介だった。それを防犯に使うのは、良い手だな。
思うような鉱石と出会わず、3層目辺りに来たときだった。
突然、パンパンパン!と何か割れるような音がした。そして―――下の方から順にランタンの明かりが消えてゆく。
「きぁあ!」
「うわ、な、なんだ?!」
「△○✕、□△?!」
急に暗くなったので、周囲から悲鳴と怒号が飛び交う。
1層目ならまだ外からの光があるだろうが、この辺りや下の方はほぼ闇だ。
私は急いで意識を切り替えた。この意識の切り替えをしないと、私は暗闇の中で視界が利くようにはならない。
誰もが及び腰で中途半端に両手を前に出した姿勢をしている。いや、口もとを押さえて前屈みになっている者もいた。
なんだ?!毒ガスとか……?!
そのとき、中央の空間の下の方から気になる音がした。
下を覗く。
黒い何か。長い棍のようなものを振り回して、橋を足掛かりに上へ跳び上がってくる。
顔まで黒く覆った細身の人物だ。右手に棍、左手には大きな鞄を……持っている?
黒尽くめの人物は、あっという間に3層を通り抜けた。
私は、咄嗟にその人物の後を追った。真ん中の橋へ飛び移り、そのまま私も上へ跳び上がったのだ。どういう仕掛けか分からないが、あの棍が剛粘糸を切っている。引っ掛かる心配はない……!
入口の辺りは、パニックになった人々でごった返していた。
警備兵が必死に落ち着くよう呼び掛けているが、収まる気配は見えない。
1層の昇降機の屋根に立った黒尽くめの人物は、一瞬周りを見渡したあと、さらに大きな跳躍をする。
上の方の壁を蹴り、逃げ惑う人々の上を越えて棍を一振りし、入口の上部から外へ。警備兵の数人が気付いたが、そんな彼らも人々に揉みくちゃにされて身動きは取れない。
私も、同じ経路を通って外へ飛び出した。
―――黒尽くめの人物は、少し前で屋根の上を走っている。私も屋根に飛び乗った。
風のような速さで黒い影が町を駆けてゆく。やがて切り立った崖に着くと、今度は身軽に上へと跳んで、崖を登り始めた。
崖は、足場となる出っ張りが少ない。
私は、黒尽くめの人物が選んだ足場を辿り、同じように上へ登ることにした。途中、ちらりと、先を行く黒尽くめの人物が私を見る。
右手の棍が短くなり、腰へ。そして、次の瞬間には懐からナイフが飛んできた。
ったく、用意周到だな!
ナイフは腕をかするかどうかという軌道だったが、私は両手を強化してナイフを弾いた。
私は、今日は武器を携行していないのだ。見本市に武器の持ち込みは禁止だからである。
……あいつ、どうやって武器を持ち込んだんだろう?
とうとう、常人ではとても辿り着けない、崖の上に着いた。
私と黒尽くめの人物は、少し距離を置いて対峙する。
「……少し分け前をやるから、見逃してくれないか」
くぐもった声が、どことなく愉快そうに聞いてきた。私は肩をすくめる。
「命は取らないし見逃してやるから、その荷物は置いていけ」
「へえ?優しいじゃないか」
「それだけの体術があるなら、もっと違う生き方が出来るだろ」
黒尽くめの人物は、身のこなしがかなり洗練されている。泥棒として使うのは、勿体ないと思う。
目の前の黒い影が小さく肩を震わせた。笑っているらしい。
「どうかなぁ。平民の命なんて、使い捨てだ。あんた、まだ子供だね?まさかここまで追いかけてくるほどの人間が子供とは驚いたけど。……でも、貴族にいいように使われてんじゃないのか?そんな生き方、嫌になるだろ?それともまだ子供だから、世の中のことなんて分からないか?」
「あんたの言う通り、今は子供だから貴族の庇護下にいる。その方がいろいろ学べて、お得だからな。でも、必要な知識や技術を蓄えたら、そのあとは自分の好きなように生きる。ただし、他人のモノを盗んで生きる生き方はしないよ。それは、人に使われる生き方より惨めだ」
「……へえ。ケンカ売ってんのかい」
頭部に巻かれた黒い布から覗く目が、剣呑な光を放つ。私は鼻で笑った。
「その生き方に誇りがあるとでも?」
「ここの多くの住人たちは、1日のほとんどを暗い穴の中で過ごし、ただ穴を掘り続けている。落盤で死ぬ者もしょっちゅう出るし、長生きするヤツも少ない。……だけどお貴族サマたちは、平民が必死で穴掘りした石で、贅沢な生活だ。そりゃ、あんまりにも不公平じゃないか。そのおこぼれを少しもらって、何が悪い」
私は溜め息をついた。
世の中なんて、不公平なものだ。それを理屈に犯罪が正当化されれば、真っ当に生きている者はますます救われない。
そもそも、誰かが生産に携わらなければ食べるものも着るものも出来ない。生産したら、流通させる必要性がある。流通させるとなれば、道を整備したり、取り引きを円滑に行うための貨幣や規則が重要になるだろう。となると、必然的に全体を指揮する支配者層が現れる。
つまり、人間が人間らしい生活を営むには、どうしてもそういう社会構造になるのだ。
もちろん、山奥で、一人だけで完全自給自足生活を送ることも可能だろう。
だが、そこに至るまで、誰かに育ててもらい、知恵や技術を教えてもらう必要がある。人間は野生の動物みたいに、生まれ落ちてすぐ自力で立てる訳ではないのだから。
ま、それはともかく。
私は、前世では商売人である。
社長としてトップに立っていたとしても、決して楽して上前だけをはねていた訳ではない。並の社員以上に働いて、あの地位を築き上げたという自負がある。その働いて得た成果を、それこそ働かずに横から掻っ攫っていくような奴は腹が立つ。
「反省して、生き方を改めるなら見逃そうと思ったが……そういう訳にはいかなさそうだな?」
武器はなくても、私の方が確実に強い。感覚で分かる。
腰を落として構えたら、相手は残念そうに溜め息をついた。そして、左手の鞄を下に置く。
「わかったよ、おとなしく引き下がるよ」
私はまだ構えたまま、眉を寄せた。
「……なんだ、文句を言ったわりに、案外あっさりと引き下がるんだな」
「まあね。足は自信あるが、戦うのは得意じゃないから仕方ないよ。あんた、強そうだしな。その上、自慢の足も簡単に追いつかれちまった。逃げるのも難しいだろ。ま、命あっての物種。……返すよ」
言うなり、黒尽くめの人物はパッと遠くへ飛び退った。
もう二度としません、という様子がないので、一瞬追いかけようかと思ったが……結局、私は追わずに鞄へ近付いた。
まあ、私もここの警備兵でもないしな。そこまでする義理は無い。
―――鞄の中を覗くと……高価そうな宝石がたくさん入っていた。




