ティーフェの町並み
ティーフェは、谷間のわずかな隙間に作られた小さな町だった。
両側に切り立った崖が迫っており、そこを削るようにして5、6階建ての建物が密集して建てられている。だが、どの建物も細かな装飾が施され、花々が窓に飾られており、生活は豊かそうだ。
門を抜けてすぐのところはやや開けており、食料品や生活雑貨の店、宿屋などが集まっていた。
そこを通り抜け、町の中央付近に位置すると思われる、ひときわ立派な5階建ての建物に案内される。
ゼックスバッハ家のティーフェの屋敷だそうである。
オトカールは私たちを応接室に招き入れ、さっそく、明日から開催される見本市について、見学をするための条件を説明し始めた。
―――見本市にはオトカールが一緒について行く。そして鉱物を買う際の交渉は、オトカールがする。
「これは、貴方たちだけでは、法外な値段で買わされる可能性が高いからです。鉱物の相場などもご存じないでしょう」
「はい。お手間を取らせますが、よろしくお願いします」
オトカールの言う通り、私は鉱物相場はまったく知らない。
どうしようかと考えていたところだったので、この条件は大助かりだ。異論は無い。
オトカールは、無表情に続ける。
「それで、探しているのは、どのような鉱物ですか。出展内容の一覧がありますので、事前に目ぼしいものを選出しておきます」
「赤色の鉱物です。赤茶色でも構いません。細かく砕いて、化粧品に使う予定をしております。ですので、毒性のあるものは省いてください」
「宜しい、では赤色の毒性のない鉱物を探しておきましょう。まあ、毒性のある鉱物は、あまり見かけませんが」
「そうですか。何分、鉱物の知識がありませんので。ありがとうございます」
毒性のある赤といえば、私は辰砂が思い浮かぶ。
前世の世界では古くから顔料として使用されていたし、漢方薬の原料ともされてきた。別名賢者の石とも言われたが、硫化水銀が主成分の危険な鉱物だ。
この世界にも、恐らく同じものはあるだろう。
それを紹介されたら困るなと思ったのだが……ま、気をつけて鑑定するか。
欲しいのはベンガラ―――いわゆる酸化鉄なのだが、なにせ私は実物は見たことがないからなぁ。
ともかくも、ここはオトカール頼みである。私はオトカールに向かって頭を下げた。
オトカールは髭を軽くつまみつつ、私を見る。
「いや、礼を言うのは、某の方です。オーディス坊ちゃまは優秀ですが、幼い頃から目が悪かった。坊ちゃまの弱点といえば、たった一つ、目が悪いということだけ。しかしアインベルガー家の素晴らしい眼鏡のおかげで、今はその弱点も問題ではなくなった……」
オトカールは不意に目を潤ませた。
「おお……クレメンシエルさまに感謝を!これでもう坊ちゃまが当主に相応しくないという声もなくなる!……坊ちゃまからも、リーゼッテさまには大変世話になった、この恩はきちんと返さねばならぬと言われております。今回の鉱物探しで不明な点があれば、なんなりと某に申し付けください」
そうか。
オーディスの眼鏡は、オーディス本人だけでなく、オーディスを支える周りの人間にも救いとなっていたのか……。
その日は、ゼックスバッハ家の屋敷に泊まらせてもらった。
ちなみにエクバルトの提案により、ユーベルは商会の人間と紹介している。魔獣研究所の人間がわざわざこんなところへ来たと知られると、不安を誘う可能性があるからだ。
ユーベルは単に物見遊山でティーフェに来ただけなので、確かに、隠しておく方がいいだろう。
さて夕食のあと、オトカールが鉱物講義をしてくれた。
明日に備えての予習ということらしい。
見本市で取り引きされる主な鉱物、それらの産出地域、またティーフェの歴史などなど。
ちなみにティーフェで採れるのは、緋光石と青夜石の二種類らしい。
わざわざ原石と加工したものも見せてくれた。たぶん、前世のルビーとサファイアと同じものではないかと思う。
それから、見本市に魔石や魔鉱石は無いということも教えてもらった。
魔石や魔鉱石は、国の専売品なのだそうだ。
なお、オトカールは善意で講義してくれたのだろうが……この講義はなんと、深夜近くまで続いた。おかげで、途中から眠くて眠くて仕方がなかった。何度、欠伸を我慢したか分からない。
ユーベルなんて、たぶん目を開けたまま寝ていたと思う。
じーさん、熱くなると周りが見えなくなるタイプだな。
翌日。
会場は、門からほど近い洞窟だった。前に建物が建っていたので、昨日は気付かなかった。
崖に空いた10メートルほどの穴が入口だ。
その穴は下へと広がっている。直径は50メートルほどで、深さは上から覗き込んだだけでは分からなかった。
どうやら、元々は自然に出来た洞窟らしい。そこを、人が少しずつ手を加え、螺旋状に下って行けるようにしていた。
通路はかなり広い。その螺旋通路に、たくさんのブースが並んでいる。
螺旋通路だけでなく、穴を横切る形で掛けられた橋もたくさんあり、入口の近くには荷物運搬に使う昇降機らしきものもあった。
深い縦穴の洞窟は暗いが、魔法のランタンの明かりがたくさん灯っている。上から覗き込めば、螺旋状にくるくると下まで灯るランタンが、非常に幻想的だ。
こんな言い方は変かも知れないが、まるでファンタジー映画の世界に迷い込んだ気分になる。
「うわぁ、圧巻だなぁ!」
ユーベルも洞窟の下を覗き込んで、感動したように声を上げる。
あまり表情を変えないオトカールが、ほんの少しだけ自慢そうに髭を弾いた。
「ティーフェの始まりとなった洞窟ですからな。見本市で使われるのは八層までですが、一番下までだと二十層ありますよ」
螺旋状なので、階層はきっとあの昇降機基準で数えているのだろう。
それにしても二十層とは!
相当な深さだな……。
続いて、長さ15センチほどの円筒形の何かを渡される。
「鉱石の色は、陽の光で見る方が良いのですが、ここではそういう訳には参りません。真っ当な店は陽の光に近いランプを置いておりますが、店によっては石の色を鮮やかに見せるランプを使っているところもあります。この照光器ならば、陽の光と同じ明かりで石を見ることが出来ます。お使いください」
「ありがとうございます」
懐中電灯のようなものか。
私とユーベルに一つずつ渡されたが、ユーベルが私の分を取り上げてオトカールに返す。
「これは魔道具だから、彼女は使えないですね。僕のを、彼女と一緒に使います」
「ああ、そうでした。貴方は魔力のない方でしたね。失礼いたしました」
そうか。魔道具か。
……気をつけないと、うっかりアスラの魔力で使ってしまうところだった。というか、ときどき私は知らぬ間に魔道具を使っているかも知れないなぁ。




