力比べ
翌朝。
起きて外に出ると、警備隊の数人からにこやかに挨拶された。
みな、夜遅くまで宴会をしていたはずだが、酒が残っている様子は微塵もない。
「身体強化のできるヤツがほとんどだからな。酒は強いのさ!」
と、一人が自慢げに教えてくれる。
ふうん。身体強化が出来ると、アルコールの分解も早いのか。でも昨夜の様子からすると、酔わないという訳でもないんだろう。
さて、私は早々に宴会を抜け出して寝たので、眠気はまったくなく、体調も万全だ。
しかし、ユーベルは眠そうな顔で現れた。エクバルトもやや疲労感が見え隠れしている。
昨日、丸一日空を飛び、そして夜遅くまで宴会をしていたのだ。疲れが残っていても仕方がない。
今日は、私はユーベルと馬でティーフェまで行く。エクバルトは同行せず、魔獣に関する聞き込みだ。
朝食を食べ、エクバルトと今後の予定を確認していたら、警備隊の一人がこんなことを言い出した。
「なあ、獣隊長の嬢ちゃん!出発前に、ちょっくら嬢ちゃんの実力を見せてくれないか?」
「実力?」
「そう。嬢ちゃんも平民で、魔法を使わずに身体強化で戦ってるんだろ?力比べをしようぜ!」
力比べか……。
そういえば、身体強化の出来る人間と力比べはしたことがないな。
帝国の学園は魔法を使う貴族や貴民しかいない。ニアムにいた頃なら、同じように身体強化で戦う者も結構周りにいたが、あの頃はまだ身体も小さく鍛え始めたばかりで、比べるなんて考えたこともなかった。
「分かった。力比べをしよう。どういう方法で?」
「待て待て。戦うのは無しだ」
エクバルトが慌てて間に入ってきた。
警備隊の男たちが笑う。
「ははは、獣隊長は魔獣を倒しちまうくらい強いんでしょう?オレたちもそんな無謀な戦いは挑みませんって。純粋に、力比べっスよ」
うんうん、いいじゃないか、純粋な力比べ。
私の強化が、このゴツい男たちの力とどのくらい伯仲しているか、ぜひ、知りたい。
彼らが力比べをするときは、向き合って手を組んで押し合うらしいが、警備隊一の力自慢は身長が2メートル近くある。私とかなり身長差があるため、違う方法をとることになった。
ロープを使い、互いに引っ張り合うのだ。
私の身長は、もう170センチ近いが……警備隊といい、騎士団といい、でかい男たちの中に入るとまだまだ小さいと感じる。これでも、前世より背が高くなったというのに!
もっとも、どれほど鍛えたところで彼らみたいにモリモリと筋肉はつかないので、大きくなった気がしないのだろう。まあ、ゴツければいいものでもないのだが。
―――太いロープをぐるっと腰に回して両手で掴み、足を開く。
対戦相手も同じく腰に回したロープを持ち、体勢を低くした。
私と彼の間のロープが張る。
「用意はいいか?」
「ああ。……思いっきりどうぞ」
言いながら、全身を強化した。まずは私から引っ張らず、彼の力を測りたい。
それとも、瞬殺だろうか?
「インゴ!いきなり全力は止めろよ?嬢ちゃんが吹っ飛んだら大変だ!」
周りから野次が飛ぶ。
大きな男は、それまでの人の好さそうな雰囲気を消し、真剣な顔になった。
「いくぞ!」
ぐんっ!
言葉と同時に、ものすごい力で引っ張られる。
きちんと全身に力を入れていたが、少し体がぐらついた。ずずっと前方に足がずれる。
おお、さすが!
私は急いでさらに腰を落とし、引っ張る力に対抗した。
……うん、大丈夫だな。まだ平気だ。
インゴがより一層、力を入れ始めた。彼の腕や首の血管が浮き上がる。私も引っ張る力に堪えるだけでなく、両手に力を入れて引っ張り返した。
「インゴ~!お前の体重の半分もない女の子に負けてどうする、もっと力を出せ~!」
「いやいや、獣隊長いいぞ、がんばれ~!」
やんややんやと、周りが無責任に囃したて出す。
私たちの間のロープは、ピンと張ったまま、まったく動かない。
インゴの顔が赤くなり始めた。額にまでくっきりと血管が浮かんでいる。
私もさすがに悠長に構えていることは難しく、ロープに全神経を集中させた。だが……まだ、全力ではない。
なるほど。
私の身体強化は、かなり良いレベルのようだ。
では……そろそろ力を出していくか。
両足、両手、腹に強化を集中させ、そのままゆっくりと後ろへ下がる。
ズズズッ。
ズッ……。
一歩、一歩。ロープは重いが、ロープの先の足を踏ん張る大きな男をこちらへと引きずる。インゴは全身、真っ赤になった。目も血走っている。
「うおお、すげー!」
「インゴ!お前、本気出せ、本気を!」
「いけー、獣隊長ぉ!」
私は、思いっきりロープを引っ張った―――。
ということで、力比べは私の圧勝だ。
「参ったよ、本気を出したのに、全然こっちへ引っ張れなかった相手は初めてだ!まさか、こうまで見事に完敗するなんてなぁ!」
インゴが息を切らせながら、感心したように言う。
「すごいなぁ、身体強化も、そんなに高められるんもんなんだな。オレも、もっと鍛えるよ!」
「ほんと、すげーよ。獣隊長の称号、ピッタリだ!」
いや、それはなんだか私が獣っぽいと言われているように聞こえる……。
だが、彼らとしては褒めてくれているんだろう。ここは何も言い返さないでおくか。
気のいい警備隊の連中やエクバルトと別れ、ユーベルと2人でティーフェへ向かう。
ユーベルが感心したように言ってきた。
「身体強化、すごいんだね~。君の身体も、研究してみたくなったよ!」
うわぁ、私は魔獣と同レベルか?!
それは、遠慮したい。
私が若干引いているのに、ユーベルはうきうきと続ける。
「魔法の強さは、身体の大きい小さいに関係なく、生まれ持った素質に左右される。身体強化の方も同じなのかな。うーん、気になるぅ~」
「そういうのは、家系的な系統を調べないと分からないんじゃないですか。私は孤児ですので、親がどうだったかなど不明です。まずは先ほどの警備隊の方々を調査してみては?」
「なるほど、確かにそうかも。……帰りに、聞いてみるか……」
研究熱心だな、ユーベル……。
とりあえず私は、アスラとの契約で通常より身体強化が強くなっている可能性もある。あまり調べられると困るんだよな……。
昼前には、ティーフェに着いた。
谷間の、岩肌を削って整備された広い道を、堅牢な門がせき止めている。
これが町の入り口だ。1人ずつ、門で審査を受ける。
私は、オーディスから渡されていた許可証を提出した。
その許可証を見て、門番たちがざわざわとする。そして、ユーベルと共に門の中の部屋でしばらく待つよう言われた。
……おかしい。許可証が偽物だと思われたのだろうか?
にしては、通された部屋は上等である。貴族や貴民用の部屋っぽい。
ユーベルは特に気にした様子もなく、のん気に内装を見て回っている。
やがて扉をノックする音がして、1人の老人が現れた。立派な白い髭をたくわえた、小柄な老人だ。私より、低い。
しかし老人らしからぬキビキビとした動きで部屋に入り、私の前まで来て上から下までじっくりと観察された。
「ふむ。アインベルガー家のリン、ですな?某はオトカール、オーディス坊ちゃまから貴方の案内をするよう仰せつかっております」
私は膝を折り、両手をクロスさせて頭を下げた。
「はじめまして、オトカールさま。このたびはお世話になります」
「某にそのような挨拶は不要です。が、礼儀正しくて宜しい。坊ちゃまの情報はあてになりませんな。……では、ついて来なさい。詳しい話は、そちらでしましょう」
「はい」
おいおい。
オーディスはこの老人に私をどう紹介したんだ?
だが、気難しそうな顔をした老人は満足げに頷き、入ってきたときと同様、キビキビと出て行った。
私とユーベルは、慌てて老人の後を追う―――。




