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カウントアップが止まらない  作者: 白辺 衣介
二章 抱腹九死
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抱腹九死 4

「魔王退治とは言うがな、少年。私は、それに反対だ」


 目を開けたフィグ王の口から飛び出した、まさかの一言に、真っ先に反論を突き出したのはクリアだった。


「はい? 何ボケた言ってるんですかフィグさん。魔王を倒さないと、比喩抜きに人類滅亡ですよ?」

「そんなことは承知よ。しかしな、魔王を倒し、万が一にも、魔物に消えられると困るのだ。この国は――否、この世界は最早、魔物を中心に動いている。その、世界の中心部、最も重要な部品を取り払うわけにはいかん」


 確かに、ギルドや、冒険者という存在には、国境が存在しない。実入りの良い仕事故、それを支柱に生計を立てている者が多いことは、学校に入ってすぐ習う。だが、それらが人類の滅亡と釣り合いが取れるとは、到底思えない。


「魔物の消滅による経済的損失は、こちらが馬鹿になってしまう程大きい。国という一個単位ですら破綻してしまう。まず人類同士の戦争は避けられん」

「な、なら、貴方は人類の滅亡を望むと……?」


 震える声で、コウヤは尋ねる。


「誰が望むものか。たわけ。私はあくまで、戦争による果てより、魔王による果てを取ったまで。疲弊し、困窮した民を見たくはないという、王としての純粋な願いだ」


 その二択を、苦悶の果てに死ぬか、今ここで死ぬか、選べというのなら、俺だって後者を取る。だが、手はそれだけではないはずだ。


「なら、五〇〇年前みたいに、封印すればいいんじゃないのか」


 勇者が命を賭したと言われている封印魔法。それを使えば、王が提示した問題は解決できる。犠牲が必要になるのは、望ましくないが。


「ひっじょーに残念ながら、そいつは無理ってモンだぜ?」


 不意に、俺たちの背後から、声がかかる。誰もいなかったはずの背後から、まるで、話の一部始終を聞いていたかのような、そんな口ぶりで。

 聞いたことがあるその声、まさかと思いつつ、振り返れば、


「おっはー! この世で一番強い男、ディー様だぜ!」


 相も変わらず、ウザったいテンションの男がそこにいた。


「ティアか。何の用だ?」

「その名前で呼ぶなっつってんだろ痴呆。用ってほどでもねえんだが、スピリティアの長男を見つけたから、一応報告をな」

「ご苦労」


 俺たちの目の前で、俺たちの話を遮って、俺たちの知らない話が展開されていく。しかしその会話には、二つ、知っている名前が挙がっていた。


 ティア、そしてスピリティアの長男。ティアと言えば、言わずと知れた勇者の名。ティア・スピリティアという名を知らない者は、この世にいないと言い切れるほどの大偉人。そして、現代のその子孫、長男がリディアだ。勇者に憧れ、勇者になると、一人家を飛び出した大馬鹿。


「ティア……スピリティア……?」


 ソピアが呟く。この場にいる誰もが、その予想を立てていたのか、誰も何も言わなかった。

 いや、でも、まさか、嘘だろ? だって、五〇〇年も前の――


「だから、その名前で呼ぶなって。女みたいで嫌いなんだよ」


 不機嫌に返したその言葉が、何より、目の前のちゃらんぽらんがそう(・・)であることを示していた。


「お、おかしいですよ。ティア・スピリティアが生きてるわけありません。同姓同名の誰かです。だって封印魔法で、命を落としたと」


「いや、生きてる生きてる。自分が発動した魔法で死ぬとか、間抜けもいいとこだっつーの」

「その、『自分が発動した魔法』に巻き込まれて、五〇〇年も固まっていたのはどこのどいつだ?」

「あっ! お前その話すんなよ!」


 歴史は間違って伝わる時がある。五年前のとある授業中にそう言った、学校の歴史教師の言葉が、俺の頭の中で反芻している。

 話をまとめると、五〇〇年前、魔王と対決したこの馬鹿は、魔王を倒せとないと悟り、封印魔法を発動するも、自身もそれに巻き込まれた。そして現代、何らかの要因でそれが解除された。


 こう、落ち着いて整理してみると、どんくさいというか、ドジというか、うっかりやというか……本人の言葉を借りるなら、「間抜け」だ。


「え、ええと、封印魔法が無理とは、どういう意味ですか……?」


 王とその従者を除いた全員が平静を保てなくなっている中、いち早く話を本筋に戻したのはコウヤだった。まあ、こいつは異世界人で、神とも面会してるし、五〇〇年前から生きている人間がいてもショックは少ないだろう。


「ああ、あいつにはもう、封印魔法は効かねえんだよ。解除されたのも、あいつが封印魔法を解析したせいだからな。正直嘗めてたわ」


 魔法を解析とか何が何だか。俺とは次元が違うようだ。

 封印魔法が勇者――ディー固有のもの、もとい造ったものだということは有名な話だ。それを上回るということは、魔王は文字通りの魔王らしい。


「ありゃあ駄目だ。あいつは魔法の天才だ。俺の手には負えねえ」


 勇者をしてそこまで言わせる魔王とは、一体どんな奴なのだろうか。魔王と言うからには、やはりおどろおどろしい姿をしているのだろうか。

 ディーですら手に負えない相手を、俺たちがどうにかできるかどうかは分からない。だが、それでも俺は旅をしていたい。

 だから、俺は、


「万が一、なんだろ」


 無意識に、言葉を漏らしていた。

 一度溢れた言葉は、こんこんと湧く川の水のように。


「魔王と倒して、魔物が消える可能性があるだけで、確信じゃないんだろ? 確定された事実じゃないんだろ? だったら、魔王を倒しても、魔物が消えない可能性に賭ければ――」


「「黙れ」」


 俺の言葉を一言の元に押し込めたのは、二人の従者だった。

 双子であろうその二人の眼光には、殺意すら宿っていた。二人の気持ちも、分からないでもない。それでも俺は、譲れない。


「……お前らの心中は、察するに余りあるさ。だがな、一国の王ともあろう男が、先に光を見据えずに、最初から諦めて、それでいいのか!」


 すべて嘘だ、詭弁だ、心にもないことだ。分かっている。自分でも分かっている。きっと、馬鹿以外はそうだと気付いている。俺の心中を読み取ることができる王が、それに感付いていないはずはない。

 従者が一挙手一投足乱すことなく、一歩前に出る。その表情たるもの、鬼のそれだ。


「よせ。少年にも言い分はある」


 今にも俺に飛びかかりそうな従者を、声で制した王は、続けて言う。


「悪いな、名も知らぬ、勇猛果敢なる少年よ。私は、また王として、リスクを見て見ぬ振りはできん。詫びにもならんが、今日は客室でゆっくりしていくといい」


 きっと、王も可能性に託したい気持ちはあるのだろう。苦渋の決断だったのだろう。そう、分かっていても、割り切ることはできない。このまま言い合っていても、双方の主張が交わることがないと察した俺は、ここで押し黙った。


「ノイ、レイ、少年らの案内、炊事を頼む」

「「承りました」」


 さっきまでの殺意はどこへやら、少年と少女は金色の髪を揺らした。

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