抱腹九死 3
馬鹿がつくほど広い、シェイルの中心部にある城に着く頃には、もう既に昼を過ぎていた。今まではグロンドにいる野生動植物で腹を満たしていた。だが、早朝に出発し、シェイルに到着した俺たちは、見事に飯の食べ時を見失っていた。
「なあ、先に飯食おうぜ」
「昼食ならフィグさんが出してくれますよ」
「その根拠のない自信はなんだよ」
流石の俺でも王に対して、図々しく昼飯を要求することはできない。聖女の地位が一般人よりも高いとはいえ、王に軽々しく口を出せるような立場ではない。昔、フィグ王の怪我を治療したとかなら、話は別だが。
「根拠ならありますよ。私はあの人の従兄妹ですから」
今、ちょっとあり得ない台詞がクリアの口から飛び出た気がする。
「聞き間違えたから、もう一回言ってくれ」
「私は王族です」
より簡略化された台詞は、気のせいではなく、確かに、クリアが王族であると。
「はあ?」
「血筋だけですけどね。立場の話をすれば、ラインの長をやっている、スピリティア家の方が上ですよ」
「そうなんだ」
クリアが自身の身の上を俺に説明する。それに返答したのは、実家の凄さをいまいち理解していないソピアだった。
クリアはあっけらかんと言ってのけたが、そういうものなのだろうか。従兄妹って、かなり近い親戚だぞ。本人がそう言っているのだから、そうなのだろうが、なんとも納得のいかない話だ。
まあ、こいつがクソッタレな聖女だということには変わりない。本人にその権限がないというのなら、俺は今まで通りの対応をさせてもらおう。
「世のため人のため、という気持ちはもちろんあります。ですが、暇潰しという側面があることも、認めています。私も、自分のすべてを他人に捧げられるほど、清い人間ではありませんから」
そう言って、クリアは一歩前に出た。
「クリア・リアライトです。フィグ・アロンドベルに所用があって参りました」
クリアがフルネームを名乗ると、どういう仕組みか、城門が開く。門の向こう側には、誰もいないというのに。音声を送信する魔法と、遠隔操作の魔法をかけ合わせたものだろうか。だとすれば、これを作った魔法師は相当な技量の持ち主だ。曰く、魔法をかけ合わせるのは、魔法を造るよりも難しい。
荘厳な雰囲気を纏う城は、威厳を見せつけるには十分、しかし無駄のない装飾が、あちこちに見受けられる。フィグ王はここ最近の王の中でも、賢王と呼ばれている。その所以が理解できた。
「……見たこと、ある……?」
人混みを抜けたことで、腕の力を幾分か抜いたソピアが城を目の前にして、小さく呟いた。
ソピアなら、既視感があってもおかしくない。スピリティア家と言えば、世に名高い勇者の末裔。記憶にないほど幼い頃に訪れていたのだろう。
当たり前だが、俺にそんな既視感はない。ここまででかい建造物を見たこと自体初めてだ。
門を抜け、入城した俺は、案内をここに訪れたことがある二人に任せた。
「えっと、フィグさんの部屋ってどっちでしたっけ」
「こっちじゃなかったかな」
不安になるやり取りを数歩後ろで見る奴の気にもなってほしいものだ。
あっちこっちと言い続ける二人の後を、半ば諦めながら着いて行く。こりゃあ目的にはつかないな、という諦めを。
道中、道行く使用人と挨拶を交わすクリアは、確かに王族の血を感じさせる雰囲気だった。やろうと思ってできるなら、何故最初から最後までそうできないのか。分かりやすいコウヤと違って、クリアは読みにくい。
今後のためにも、じっとクリアを見つめていると、左腕を引っ張られた。
「……むぅ」
うちのお姫様が偉く不機嫌になっていた。
それもそうだろう。恋人が他の女にうつつを抜かしていれば、怒られても仕方がない。
「悪い悪い。でも、ソピアが思ってるようなことはない。ただ、観察してただけだ」
他意はない。俺がソピアを好いているかは怪しいセンだが、俺がクリアを好きになることはあり得ない。あいつは、俺と最も波長の合わない人間だ。
詫びとして、俺は抱かれている左腕を捩じらせて、ソピアの手を握った。頭を撫でるだけの甲斐性がないのが悲しいところだ。
「っあ……」
小さく声を漏らしたソピアは顔を赤くしつつ、俺の手を強く握り返してきた。どうやら、機嫌を直してもらえたようで何よりだ。
ちょうどその時、目の前の二人組からやけに気分の良い声が聞こえてきた。
「着きましたよ二人とも!」
「いやあ、何とかなるものだね」
「……呑気だな、お前ら」
身内が一人いるにしても、今から一国の王に面会するんだぞ? 外面だけでも畏まっておくのが礼儀ってもんだ。
心の中で苦言を呈しつつ、目的地らしい王の部屋とやらを視界に入れる。
その部屋の扉は、城のコンセプトを失わせないまま、一目で他の部屋とは十把一絡げにはできない威圧感を放っていた。確かにここは王の間であると、誰に説明されずとも伝わるだけの力を、この扉から感じる。
俺がその力に釘付けになっている間に、クリアは扉を不躾に開いた。「入りますよー」という一言を添えながら。
「む。その声は、クリアか?」
部屋の主――フィグ・アロンドベル。クリアと同じ銀の髪に、対照的な赤い瞳。隣に男女の従者ひとりずつを侍らせ、王としての風格を前面に押し出した男。
俺は、これ以上に職と態度が一致している奴を、初めて見た。
「そこの少年。そう硬くなるな。私はただの人間だぞ? それ、そこに腰掛けるといい」
「ただの人間」だと? どの口が言うんだ。お前が普通なら、俺でも普通を名乗れる。ただ座っているだけで、他人を威圧できる奴の、どこが平凡か。
込み上げる思いを喉元で塞ぎ止める。ここで何かやらかせば、首が飛ぶ可能性だってある。下手なことはできない、言えない。慎重に言葉を選びながら、言われた通りに高そうなソファに腰を下ろす。
「そう、仰るのなら」
俺の言葉を聞いたフィグ王は、非常につまらなさそうな表情になる。
言葉選びに間違いはなかったはずだ。なら所作か? いいや、それも違う。俺は、フィグ王に言葉を投げられてから微動だにしていない。なら、何だ……?
「おい、少年。貴様、何を遠慮している。用があって、私のところへ来たのだろう。遠慮の一切は不要だ。言ってみろ」
「っ」
なるほど、フィグ王は、俺が自身に用があると見抜いていたのか。どうやったか、どんな用かは不明だが、フィグ王の言葉通りなら、ある程度の失礼は許される。
「魔王退治の、報酬が欲しい」
「ら、ライブ!?」
コウヤが悲鳴を上げた、文字通り、遠慮一切なしの要求。敬語すら取っ払った俺の一言を受けた王は、すっと目を閉じた。しかし、王の背後にいる、顔のよく似た二人の従者は、顔を顰めている。現状、従者二人に気を払う必要はない。俺が注視すべきは、威風堂々たるこの男のみ。
俺やコウヤが緊張感に包まれている中、マイペースに欠伸ができるソピアは大物になると思う。




