抱腹九死 2
「あ、見えてきましたよ。あそこがシェイルです」
そう言ってクリアが指差した先には、ラインのそれとは、比べ物にならない高さの外壁がそびえ立っていた。
一定以上の規模になると、今ではどこの国、地域でもこういった外壁を作ることが、全世界で義務付けられている。国費まで削る魔物は、まさしく人類の脅威だ。
久々に浴びる陽の光はとても眩しく、冬である今の気候ではとてもありがたい。
「さ、正面へ回りますよ」
「この辺りに入り口はないのか?」
「シェイルは魔物対策で入り口がひとつしかないんです。ほら、行きますよ」
ここがシェイルのどの辺りか分からないせいで、一層疲れが押し寄せる。もう到着だと思っていたばかりに、精神的にもきた。
俺がため息を吐いてとぼとぼと歩き始めると、それを見たソピアが俺の隣に走り寄って来た。
「手、つなご」
そう言いつつ、ソピアは有無を言わさずに、吊られた俺の手を取り、繋ぐどころか俺の腕を抱き締めた。
二人の手前、恥ずかしいので、何か言おうかと思ったが、ソピアがあまりにも機嫌が良いので、俺は何も言うことができなかった。それに、年齢相応、外見やや不相応の胸が当たっていたこともある。
男は女に勝てないという現実を、初めて知った瞬間だった。
「ライブ」
「うん?」
「がんばろ」
励ましてくれるのはいいが、前方からの視線が痛い。ちっともらしくない聖女がニヤニヤしているのが気に食わない。コウヤは気を遣ってか、クリアに前を向くように促しているが、クソッタレ聖女はそれを意に介していない。神罰下れ。
「いやあ、いいですねえ。若いですねえ。私、ああいうの大好きです」
「クリアだって、一六じゃないか……」
今の台詞と、数日前の台詞を鑑みて、クリアには恋愛脳なところがあるのは確かだ。せっかく隣に、志を同じくする優良物件がいるんだから、そっちにその気を向けてくれ。
ソピアに腕を抱かれたまましばらく歩くと、馬車が通るのがやっと程度の大きさの門が現れた。
その門をクリアが数度叩くと、門の端が開く。そちらは大人の男が、少し背を屈めて入ることができる大きさだった。そこから騎士が姿を現す。
いくら危険な森があるからって、過敏すぎる気がしないでもない。
「む、クリア殿ですか。その隣はコウヤ殿、して、残りの二人は?」
騎士の反応を見るに、シェイルではコウヤよりもクリアの方が有名らしい。クリアの素性が気になるところだ。シェイルでは有名な治癒魔法師だったのだろうか。
「とある人物の助言で仲間になった、ソピア・スピリティアさんと一般人です」
「おい待て」
異世界人相手に、曲がりなりにも勝った俺を、一般人扱いするのはやめてもらおうか。
「なんですか。一般人でしょう? 肩書きは」
やけに「肩書き」の部分を強調して、嫌味ったらしく言ったクリア。だったら、こっちにも言い分はあるぞ。
「お前らには言ってなかったがな、俺は、ちょっとは名の知れた鍛冶屋の跡取りなんだよ。ラインの鍛冶屋ラウンドと言えば、騎士なら一度くらい、聞いたことがあるんじゃないか?」
俺がそう言うと、騎士は甲冑の下から「おお」という感嘆の声を漏らした。
「知っているとも。よくよく世話になっている。ラウンドと言えば五〇〇年前から続く老舗。私たちの装備を発注している店だ」
「ほれみろ」
ドヤ顔で言ってやると、クリアはぐぬぬと言わんばかりの表情をしていた。
うん。やっぱり、他人を出し抜くのは気分が良い。
「うう、私も知っていますとも……! その道では超が付く有名店じゃないですか……!」
そこまで有名だとは知らなかったな。精々、騎士団の間で広まっている程度だと思っていた。何しろ、ラインではまったく売れないからな。
そんな悶着があったが、俺たちはクリアの顔で、シェイルに入ることができた。
王都シェイル。俺は一度も立ち寄ることはないと思っていた。縁はあっても、実際に立ち寄ることはないだろうと。
しかし、こうして目にすると、感慨深いものがある。
この国で最も栄えている街。その称号は伊達ではないということを、俺は初めて知った。ラインとは、比べ物にならないな、これは。
「シェイルは二回目だけど、相変わらず、すごい人だね」
「世界で最も人が集まる街と言われていますからね。そしてまた行商人が集まって、商人がいるから人が集まる……そうして循環しているんです」
圧倒されて、何も言えなくなっている田舎者二人を置いて、二人で話を進めている。俺はそれに介入することすらできなかった。
ここなら、ここでなら、ラインの数倍効率良く、銃の開発ができる。その確信が、俺の頭の中を占領していた。ラインでは手に入りにくかったキリナイトが、ここでなら比較的簡単に手に入るだろう。なら、より幅広く試行錯誤を行うことができる。
もう、店をシェイルに移せばいいのに。
「人、多い……」
俺が内心、テンションが上がりまくっているのに対して、ソピアは非常に気分が悪そうだった。それもそうだ。ソピアは人の多い場所が苦手だ。ラインの盛況期ですら、家から余り出なくなるのに、シェイルなんて、それはもうとんでもないだろう。しかも一年中これだ。
「もっとくっ付いてもいいからな」
「うん……」
そう言うなり、俺の腕を抱く力が一気に強くなった。下手な防御力だと折れているかもしれん。
まあ、それも仕方のないことだ。ソピアは幼い頃、俺と出会うよりも前、ラインで迷子になったらしい。人混みが苦手なのは、そこに起因するという。所謂トラウマだ。
「じゃあ、早速城に向かいますか。ソピアさんも、気分が悪そうですし」
そう言ったクリアの後を着いて行く。目的地は入り口であるここからでも見えるほど大きい。が、シェイルという街そのものの大きさからして、相当遠いだろう。
最早歩くことすら億劫な俺は、恐る恐る、尋ねた。
「なあ、どれぐらいで着くんだ?」
「今からだと……お昼すぎぐらいかな」
ああ、クソ、うんざりだ。




