抱腹九死 1
「ね、ねえ、少し、寝かせてくれないか」
「何言ってんだ。お前から持ち掛けた話だろうが」
「それでも、常識っていう範疇があって……」
鬱蒼と茂る森の中、焚火を囲んでいる俺たちは、夜の見張りをしていた。
女子二人はとっくに寝つき、俺とコウヤで交代しながら見張りをするという予定だったのだが、昼間、コウヤが発した一言、「銃なら、僕の世界にいろんな種類があったなあ」。により、俺は取材を敢行しているのである。
「そもそも、僕はそんなに詳しくなくて、僕の幼馴染が詳しかっただけなんだってば!」
「知ったことか。お前の知る限りの情報を吐け」
「僕は寝る! 見張りよろしくね!」
ここ数時間、こんなやり取りが頻繁に行われているせいで、半日かけて、まだ「ライフル」と「ショットガン」の情報しか聞き出せていない。こいつのふわふわした情報から、イメージを固める時間も欲しいのに、このままだと先に王都に着いてしまいそうだ。
俺たちは、多少のリスクを覚悟の上で、ラインからほぼ直線で王都に到着できるルートを選んだ。理由は様々あったが、その中で最も比重が大きかったのは、俺とソピアの、「馬車代が嵩む」だった。
片道一人三万ルプなんぞ払ってられるか。
「……すぅ、ん……」
俺は、横になったコウヤの隣で眠っている、クソッタレな聖女を一瞥した。
この女、俺に治癒魔法をかけるということを知らない。主なダメージ源にして、前衛で戦うコウヤに治癒魔法をかけるのはまだ分かる。しかし、中衛で魔法を撃っているだけのソピアに治癒魔法が必要か尋ねるクセに、俺になんの言葉もないのはおかしいだろ。
いや、確かに、必要ないが、誰よりも魔物の攻撃を引き受けている俺に、労いの言葉すらないものか。ないのだろうな。
「ていうか、俺が一人で見張りって大丈夫なのか……?」
攻撃力と言えば、腰に提げられた銃から放たれる魔力の弾のみ。ラインから出る前にラウンドで買い付けた申し訳程度のナイフは、俺自身の攻撃力の低さのせいで、下手な鈍らにも劣る。すまんな親父よ。
ただでさえ不気味な夜の森。加えてここは、危険な魔物が生息するとされている、グロンド森林地帯。王都シェイルとラインを隔てるように広がっているこの森は、始まりの街とも称されるラインの近くにある割に、魔物が異様に強い。故に、調子に乗った冒険者の死体を見かけることもある。まあ、専ら魔物に食われるので、死体が見つかること自体は稀だ。数で言えば、行方不明扱いになっている者の方が多い。なので、悪さをすると、グロンドに連れて行くぞ、という子供騙しがラインにはある。
何故、今、その子供騙しを思い出したか、それは――
『オオオオオォォォォォ……』
大量の死霊が、俺に集って来たからだ。
ゴーストという存在は、魔物とは違い、魔王とは何の関係もない、ただの怨念だ。意志が弱いと生気を吸われ、果てには衰弱死してしまうという話だ。
意志云々はともかく、俺はこの手の存在が苦手だ。対処法は自分を強く持つ、という一点しかなく、その対処法を怠れば、防御力も関係なしに死ぬ。
きっとこいつらは、俺が一人になる瞬間を見計らっていたのだろう。ただでさえ人が寄り付かないグロンド森林地帯の、さらに夜にしか活動できない彼らは、怨念の吐きどころが滅多にない。ここぞというこの時を待ち望んでいたに違いない。
眠ればこいつらの怨念を回避できるが、眠れば魔物に無防備な姿を晒すことになる。
どうすればいいか、どちらが得策か。気色の悪いこいつらの顔を見ないように、深く思考に潜ることができるように、俺は目を閉じて思案を始めた。
気付くと朝だった。
途中から、ゴーストの声が聞こえなくなっていたのには気付いていたが、まさか朝になっていたとは。魔物に襲われなかったのは運が良いとしか言いようがない。もしかすると、ゴーストのおかげで寄り付かなかったのかもしれない。
ゴーストに不確かな感謝を抱きながら、肩を揺すってひとりひとり起こしていく。クリアはビンタした。
いち早く目を覚ましたソピアは、寝惚け眼でまず俺を見つめた。
「ずっと起きてたの?」
「起きてたって言うか、気付いたら朝が来てた」
職業上、武器の開発を始めると、不眠不休で鍛冶場に籠ることもあったから、一徹程度は慣れている。眠れるのなら今すぐ寝たいが、寝なくても最低限の活動はできる。
ソピアの大きな伸びに合わせて、他の二人も漸く身を起こした。
「……ごめん、朝まで見張りやらせて」
「別に」
俺はさっさとシェイルに着いて、フィグ王に話を取り付けられたらそれでいい。俺が本気で怒るのは、それができなかった時でいい。
一同目が覚め、十分に体が動かせるようになったことを確認してから出発する。既に森に入ってから四日目。それはそのまま、ラインを出てから四日経ったということに繋がる。気付けば早いものだ。
道中、魔物と戦うことは少なくなかった。その度に俺は率先して前に出て、攻撃を引き受ける。魔物が俺に気を取られている隙に、コウヤが一撃を浴びせるか、ソピアが魔法を放つ。そんな戦い方が、早くも定着していた。魔物も馬鹿正直に、正面から現れるばかりではない。戦闘中にクリアが襲われても対応できるように、ソピアは後衛よりの場所で戦っている。
とどめはさせないまでも、魔物と戦闘を行っているという経験が、俺のレベルアップを加速させる。たった二日で、俺のレベルは三〇代にまで上がっていた。
「魔物に襲われる頻度が減ってきたね」
「足手まといのレベルが上がってきたからじゃないですか?」
「多分、仲間がやられてるのに、感付いてるからだと思う」
俺を横目に見たクリアの皮肉に、ソピアがド正論で返した。本人もそれが正しいと思ったのか、それ以上は何も言わなかった。
理由はなんであれ、コウヤの言う通り、魔物に襲われる頻度が減ってきている。森の出口が近いということに加えて、二人の意見も間違ってはいないだろう。
昨日と比べると格段に明るくなった森は、出口が近い証拠だ。道とも言えない道だが、これを作り上げた先人には感謝しなければならない。何しろ、この道がなければ、どちらに進んでいいのかすら、分からなくなってしまう。
時折休憩を入れているとはいえ、四日間森の中を歩いて、疲れを見せていない三人は流石と言う他ない。俺は、殿を務めるという名目で一番後ろを歩いている。
そうだ、疲れている。
再三言っているが、ついこの間まで引きこもり同然だった奴が、いきなり運動を始めたところで、すぐに体力が付くわけがない。伸びしろとやらが十二分にある代わりに、その伸びが絶望的に悪い。
おかしいって、マジで。何でこいつら自分のペースで行くわけ? そりゃあシェイルに行くって言い出したのは俺だが、そこまで急がなくても、フィグ王は逃げやしないし、人類も滅びないだろ。
「ライブ、大丈夫?」
俺の疲労を察知したソピアが時折、こうやって俺に気遣いの言葉をかけてくれる。それがいやに嬉しくて、俺はつい、
「ああ、気にすんな」
見栄を張ってしまう。男の見栄と言えば良いだろうか、ソピア相手に、弱いところはできるだけ見せたくない。だから、戦闘が始まると、体に鞭を打って無理に前線に出ている。




