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レン  作者: 丸鶴
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9/22

水無月餅

六月の終わり。

窓の外では、じっとりした雨が降っていた。

レンは机にうつぶせになりながら言った。

「はあ……」


宿題は終わった。

ゲームもした。

本も読んだ。

なのに、なんだか体が重い。

「雨ってさあ。ずっと降ってると退屈だよなあ」

すると、机の上のスマートスピーカーが突然震えた。

「たいへんだー!」

聞き慣れた声が飛び出す。

次の瞬間、小さな妖精ことはがぽんっと現れた。

髪の間から「水」「無」「月」の文字がぱらぱら落ちる。

「レン! レン! 水無月が消えそう!」

「え?」

「水無月だよ!」

「六月?」

「ちがう! ちがう! 半分ちがう!」

ことはは空中をぐるぐる回った。

「六月でもあるけど、おもちでもある!」

「おもち?」

「そう!」


レンは首をかしげた。

「六月がおもち?」

「だから水無月!」

「意味わかんない」

「ぼくも半分しかわかんない!」

ことはは胸を張った。

「えらそうに言うなよ」


その日の夕方。

買い物から帰った母さんが、小さな包みを机の上に置いた。

「そういえば今日、水無月買ってきたよ」

「えっ」

レンは思わず声を上げた。

包みを開く。

白い三角形のお菓子だった。

上には赤い小豆がのっている。

「これが水無月?」

「六月の終わりによく食べるお菓子なんだって」

母さんはそう言って台所へ向かった。


ことはは目を輝かせた。

「いたー!」

「言葉?」

「うん!」

ことはが水無月に近づくと、ふわりと古い文字が浮かび上がった。

『夏越』

『祓』

『無病息災』

知らない言葉ばかりだ。

「なんだこれ」

「うーん……昔の人の気持ちかな」

ことはは珍しく静かな声で言った。


レンは水無月を一口食べた。

もちもちしている。

小豆はほんのり甘い。

「おいしい」

「でしょ!」

「でもなんで三角なんだろ」

その瞬間。

ことはの髪から『氷』という文字がぽろりと落ちた。

「氷?」

レンがつぶやく。

すると文字がふわっと広がった。


昔。

冷蔵庫なんてなかった頃。

夏の氷はとても貴重だった。

山奥の氷室にしまわれた氷は、都の人でも簡単には手に入らない。

暑い夏を元気に越せますように。

病気になりませんように。

そんな願いを込めて、人々は氷を口にしたかった。

でも氷は高価だった。

そこで。

氷の形をまねた三角のお菓子を作った。

それが水無月。


気がつくと、レンはいつの間にか立ち上がっていた。

「じゃあ、この三角って氷なのか!」

「たぶんね!」

ことはも興奮して羽をぱたぱたさせる。

文字が部屋中を飛び回った。


「じゃあ小豆は?」

レンが聞く。

すると今度は『厄』という文字が現れた。

「昔はね、小豆には悪いものを追い払う力があるって考えられてたんだって」

「へえ」

「だから元気に夏を越せますようにって」

ことはは小豆を見つめた。

「願いをのせたんだね」


雨はまだ降っていた。

でもさっきより暗く見えなかった。

レンは最後の一口を食べた。

「六月って、ただ暑くなるだけの月じゃなかったんだな」

「うん」

ことはがうなずく。

「昔の人は夏が来るのを少し怖がってたのかも」

「だから願った?」

「そうかも」

ことはの髪から、今度は小さな文字が一つ落ちた。

『越』

レンはその字を指で追った。

越える。

乗り越える。

夏を越す。

病気を越す。

毎日を越す。

昔の人も、今の人も。

みんな同じだったのかもしれない。


スマートスピーカーの上で、ことはが満足そうに寝転がった。

「水無月、おいしかったなあ」

「お前、食べてないだろ」

「言葉を食べたの!」

「またそれか」

レンが笑う。

窓の外では雨が少しだけ弱くなっていた。

六月の終わりの風が、そっと部屋を通り抜けた。


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