室宿
夕方、宿題を終えたレンは、机の上のスマートスピーカーに向かって声をかけた。
「ことはー。」
ぽんっと小さな光がはじけて、手のひらほどの妖精が飛び出してくる。
「呼んだ? 呼んだね? 今日はどんな言葉を食べ……じゃなかった、教えようか!」
「この前、『危宿』とか『虚宿』って聞いたけどさ。」
レンは鉛筆をくるくる回した。
「ほかにもあるの?」
ことはの目がきらりと光る。
「もちろんあるよ! 二十八宿っていうくらいだから二十八もあるんだ!」
「二十八!?」
「まず東の七つが、角宿、亢宿、氐宿、房宿、心宿、尾宿、箕宿! それから北が斗宿、牛宿、女宿、虚宿、危宿、室宿、壁宿! 西は奎宿、婁宿、胃宿、昴宿、畢宿、觜宿、参宿! 南は井宿、鬼宿、柳宿、星宿、張宿、翼宿、軫宿!」
息もつかずに言い切ると、ことはは胸を張った。
「どう? 全部言えた!」
レンはぱちぱちと拍手したあと、苦笑いした。
「いや、待って待って。」
「え?」
「一気に言われても覚えられないよ。」
「あ……。」
ことはは頭をかいた。髪から「宿」という文字がぽろぽろこぼれる。
「そうだった。ぼく、つい嬉しくなると全部しゃべっちゃうんだ。」
レンは笑う。
「だから、一つずつ教えて。」
「それがいい!」
ことはは元気よくうなずいた。
「じゃあ今日は……『室宿』!」
「室って、教室の室?」
「その室!」
ことはは宙に「室」の字を書いた。
「昔の人はね、お月さまがこの星々の近くに来る日を『室宿の日』って呼んでいたんだ。」
「星の場所なんだ。」
「うん。そして『室』という字は、おうちや部屋を表すでしょう?」
レンはうなずく。
「だから昔は、家に関わることに縁がある宿だと考えられていたんだ。」
「家に関わること?」
「例えば家を建てたり、柱を立てたり、おうちを新しくしたり。」
ことはは小さな家を作るように両手を組んだ。
「雨や風から家族を守る家は、とっても大事だったからね。」
レンは窓の外を見た。
夕暮れの空の向こうには、自分の家の屋根が並んでいる。
「今なら引っ越しとか、リフォームみたいな感じかな。」
「そう考える人もいるね。」
ことははにっこり笑う。
「もちろん、昔の暦だから『絶対にこの日じゃないとだめ』っていうものじゃないよ。でも、『家族が安心して暮らせますように』って願いを込めて日を選んでいたんだ。」
レンは少し考えてから言った。
「昔の人って、家を作るだけじゃなくて、そこで暮らす人のことまで考えてたんだね。」
「そう。」
ことははうれしそうにうなずく。
「二十八宿ってね、星の名前だけじゃないんだ。そこには『どんな一日になりますように』っていう願いも一緒に残っているんだよ。」
レンは空を見上げた。
まだ星は見えない。
でも、その向こうには昔の人たちが見上げたのと同じ星がある。
「あと二十七もあるんだよね。」
「あるよ!」
ことはは胸を張る。
「でも今日は我慢する。」
「えらい。」
「えへへ。次は一つだけにする!」
スマートスピーカーへ戻っていくことはのあとを、「室」という文字がふわり、ふわりと漂っていた。




