危宿
レンが朝、目をこすると、窓の外ではもう鳥が鳴いていました。
二階の部屋を出て、階段を下りようとすると、下から声がしました。
「おはよう、レン。階段、気をつけてな」
おじいちゃんでした。
「おはよう」
レンは手すりにつかまりながら、いつものように階段を下りました。
洗面所で歯をみがいていると、ふと思い出しました。
「あ、しまった」
レンはあわてて階段へ向かいます。
「どうした?」
居間からおじいちゃんが顔を出しました。
「ちょっと忘れ物」
「そうか。でも、あわてるなよ。階段は気をつけてな」
「うん、わかってる」
レンは数段上ったところで振り返りました。
「ねえ、おじいちゃん、ずっと見ててくれたの?」
「ん。まあな」
「へんなの。大丈夫だよ?」
するとおじいちゃんは少しだけ真面目な顔になって言いました。
「今日はな、特に気を付けた方がいい」
「ふうん?」
レンには意味がわかりませんでした。
朝ごはんのとき、レンはお母さんに聞きました。
「ねえ、今日って何の日?」
「何の日って?」
「おじいちゃんが、気を付けろって」
お母さんは首をかしげました。
「さあ。昔の暦か何かじゃない?」
「仏滅?」
「違うと思う」
レンはますます気になりました。
学校へ行くと、先生にも聞いてみました。
「先生、今日って何か気を付ける日なんですか?」
先生は腕を組みました。
「うーん。防災の日じゃないしなあ」
休み時間になると、友達も集まってきました。
「13日の金曜日じゃない?」
「今日は火曜日だよ」
「じゃあ違うか」
みんなで考えましたが、誰も知りません。
その日の昼前、先生が教室へ戻ってきました。
「わかったぞ」
みんなが顔を上げます。
「校長先生に聞いてきた」
レンも身を乗り出しました。
「昔の暦に『危宿』っていう日があるんだって」
「きしゅく?」
「危ないって書くんだ」
教室が少しざわつきます。
「でも、危ないことが起きる日って意味じゃなくてね。校長先生によると、あわてず、足元をよく見て過ごそうっていう目安みたいなものらしい」
「へえ」
レンは朝のおじいちゃんを思い出しました。
昼休み。
友達が校庭の向こうへ走っていきました。
「レンー! 早く!」
レンも追いかけようとして、一歩踏み出しました。
そのときです。
ふと、
*足元をよく見て。*
そんな言葉が頭に浮かびました。
レンは立ち止まりました。
すると植え込みの下から、小さな声が聞こえます。
ぴい。
ぴいぴい。
のぞいてみると、小鳥の巣が枝からずり落ちていました。
中には小さなひながいます。
「先生!」
レンは大声で呼びました。
先生が来て、用務員さんも来て、みんなで巣を安全な場所へ移しました。
友達も集まってきて、
「レンが見つけたんだって」
と驚いていました。
夕方。
家へ帰ると、おじいちゃんが庭の草に水をやっていました。
「ただいま」
「おう、おかえり」
レンはランドセルを下ろしました。
「今日ね、小鳥の巣を見つけたんだ」
おじいちゃんはじょうろを止めました。
「ほう」
レンは少し考えてから言いました。
「急いでたら、気づかなかったと思う」
おじいちゃんはにっこりしました。
「そうか」
レンも笑いました。
朝から気になっていた「危宿」という言葉。
でも、その意味はもう少しだけわかった気がしました。
気を付けるというのは、怖がることじゃない。
立ち止まって、よく見ることなのかもしれない。
庭の木では、小鳥が一羽、夕暮れの空へ飛んでいきました。




