夏至の庭
レンは学校からの帰り道、ランドセルの肩ひもを少しだけ引き上げた。
その日の授業では、先生が黒板いっぱいに太陽の通り道を描いていた。
「一年でいちばん昼が長い日。それが夏至です」
先生の言葉を思い出しながら、レンは家の門をくぐった。
空はまだ高く、夕方なのに日が沈ぐ気配は遠い。
「昼が長いっていってもなあ」
レンはつぶやいた。
毎年やってくる季節の話だ。聞いたときは少し面白かったけれど、家に着くころにはもう半分くらい頭からこぼれていた。
庭の隅には、見慣れた日陰がある。
古い塀と物置にはさまれたその場所は、いつもひんやりしていて、夕方になるとすぐ影に沈む。
レンは何となくそちらを見た。
すると足が止まった。
「……あれ?」
影になっているはずの地面が、薄い金色に染まっていた。
西から伸びてきた光が、細い帯になって塀のすき間を抜けている。
レンは目を細めた。
昨日もこうだっただろうか。
おとといは。
その前は。
思い出そうとしても、どうにもはっきりしない。
風が吹き、草がさらさらと揺れた。
光もいっしょに揺れているように見えた。
レンは庭へ降りた。
一歩。
また一歩。
いつもなら近づかない場所なのに、なぜだか足が向く。
近づくほど、金色の帯は細く見えた。
その先で何かが光っている。
レンはしゃがみこんだ。
「えっ」
思わず声が漏れた。
そこには路地植えのイチゴがあった。
春の終わりごろから元気がなくなり、葉も縮れていた株だ。
ところが今は違う。
新しい葉が何枚も顔を出し、夕日に透けて緑色の縁がきらきらしていた。
まるで長いあいだ待っていたものを見つけたみたいに。
レンはそっと葉に触れた。
温かかった。
「ここに光が来てたんだ」
授業の黒板がふいによみがえる。
太陽の通り道。
昼の長さ。
夏至。
レンは立ち上がり、塀と太陽を交互に見た。
すると気づいた。
光はまっすぐ差しているのではない。
一年の中でも今だけ届く角度で、ぎりぎりここへ入りこんでいるのだ。
「だからか!」
レンの声が庭に響いた。
急に世界のあちこちがつながった気がした。
教室の黒板と、家の庭と、この小さなイチゴ。
全部が一本の線で結ばれている。
レンは庭を走って家の中へ向かった。
「お母さん! 見て!」
玄関の戸を勢いよく開ける。
「どうしたの?」
「イチゴ! あのイチゴ!」
言葉が先へ先へ飛び出して、うまく説明にならない。
それでもお母さんは笑いながら庭へ出てきた。
二人で並んで例の場所を見る。
西日は少しずつ傾いていた。
金色の帯もゆっくり細くなっていく。
「ほんとだ。元気になってるね」
「今日だけ光が届いてるんだよ、たぶん!」
レンはそう言った。
けれど、その声はさっきよりずっと小さかった。
光が少しずつほどけるように消えていくのを見ていると、不思議と急ぐ気持ちも静まっていく。
葉っぱは風に揺れた。
まるで「ちゃんと届いたよ」と返事をしているみたいだった。
空にはまだ明るさが残っている。
一年でいちばん長い昼は、ゆっくりと夕方へ溶けていった。
レンはその場にしゃがみ、イチゴを眺めた。
明日になれば、また光の角度は少し変わるだろう。
それでも今日ここに差しこんだ西日は、きっとイチゴもレンも忘れない。
庭には風の音だけが流れていた。
その音を聞きながら、レンはしばらく何も言わずに座っていた。




