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レン  作者: 丸鶴
2/4

梅仕事の日

六月の終わりだった。

スーパーへ買い物に来たレンは、カートの後ろをとことこと歩いていた。

夕飯の買い物なんて、だいたいいつも同じだ。

野菜を入れて、お肉を入れて、お豆腐を入れて。

それなのに今日は少し様子が違った。


店の入り口近くに、大きな台ができている。

青い梅。

透明な氷砂糖。

茶色い焼酎の瓶。

そして、人の頭ほどもあるガラス瓶。

どれも山のように積まれていた。


レンは立ち止まった。

不思議だった。

みんな同じものを買っている。

前のおばさんも。

向こうのおじさんも。

カートの中には梅が入っていた。

レンはしばらく眺めていた。

青い梅は、つるつる光っていた。

おいしそうにも見える。

でも、果物売り場のりんごや桃とは少し違う。

何かを待っているみたいな色だった。

「行くよ」

お母さんに呼ばれて、レンはまた歩き出した。

帰りの車の中でも、青い梅のことが頭に残っていた。


家へ着くと、お母さんは買ってきた袋を広げた。

やっぱり梅がたくさん入っている。

レンは少しためらってから聞いた。

「ねえ」

「なあに?」

「なんでこんなに梅買ったの?」

お母さんは当たり前のように答えた。

「梅仕事するから」

レンは首をかしげた。

「仕事?」

「うん」

「梅の?」

「そう」

なんだか変だった。

梅が仕事をするわけじゃない。

お母さんが仕事をするのだろうか。

でも、洗濯仕事とも掃除仕事とも言わない。

レンはますますわからなくなった。


「なんで仕事なの?」

「手間がかかるからかな」

お母さんは笑った。

「昔からそう呼ぶんだよ」

まただ。

昔から。

大人は時々、その言葉で説明したことにする。

レンは少しだけつまらなくなった。

どうしてなのか知りたいのに。

「手伝う?」

と聞かれても、あまり気が乗らなかった。


それでも暇だったので、台所へ行った。

梅は大きなボウルの中で水につかっている。

お母さんは一つ一つ竹串でへたを取っていた。

地味な作業だった。

レンは椅子に座る。

ひとつ梅を手に取る。

つるつるしている。

ひんやりしている。

匂いは少し青臭い。

「食べられるの?」

「食べられるけど」

お母さんがちらりと見る。

「おすすめはしないかな」

レンは少し考えた。

少しだけ。

ほんの少しだけかじる。

次の瞬間。

「うぇっ!」

思わず顔をしかめた。


舌がぎゅっと縮む。

酸っぱいというより、苦いような、渋いような。

変な味だった。

お母さんが笑う。

「だから言ったのに」

レンは水を飲んだ。

何度も飲んだ。

それでも口の中がおかしい。

「これ、おいしくない」

「そうだね」

「なんでみんな買うの」

今度は本気で不思議だった。


お母さんは梅を拭きながら言った。

「昔はね」

レンは少し身を乗り出した。

「冷蔵庫がなかったの」

「うん」

「だから季節の食べ物を長く食べられるように、いろんな工夫をしたんだ」

塩に漬けたり。

干したり。

お酒に漬けたり。

そうして保存した。

「保存?」

「未来の自分のために取っておくんだよ」

未来の自分。

レンは少し考えた。

未来の自分は、まだ会ったことがない。


「そうだ」

お母さんが立ち上がった。

「瓶を取ってきてくれる?」

「どこから?」

「納戸」

レンは立ち上がった。

仕事をもらうと、少しだけ面白くなる。


納戸は少し暗かった。

段ボールや箱が並んでいる。

奥の棚にガラス瓶が見えた。

その隣に、小さな瓶もある。

レンは何気なく手に取った。

赤い梅が入っている。

ラベルが貼ってあった。

2025年

去年だ。

レンはしばらく見つめた。

そういえば。

去年も梅を漬けていた。

おばあちゃんもいた。

へたの取り方を教えてくれた。

「爪を使うと梅が傷つくよ」

と言っていた。

少しだけ思い出した。


「見つけた?」

お母さんの声がする。

レンは瓶を抱えて戻った。

「これ何?」

「ああ」

お母さんが笑った。

「去年の梅干し」

「食べられる?」

「食べられるよ」

レンは少し迷った。

去年。

ひとつ食べて。

酸っぱくて。

泣きそうになった。

覚えている。

でも今は少しだけ気になる。


梅干しを一粒もらう。

ゆっくり口に入れる。

酸っぱい。

やっぱり酸っぱい。

でも。

去年ほどじゃない。

レンはもう一口かじった。

しょっぱい。

酸っぱい。

けれど嫌じゃなかった。

「どう?」

お母さんが聞く。

レンは少し考えた。

「前より平気」

「そう」

お母さんは嬉しそうだった。

レンも少し嬉しくなった。


それから一緒に梅を瓶へ入れた。

塩を入れる。

梅を並べる。

また塩を入れる。

単純だけれど、だんだん楽しくなってくる。

瓶の中に青い梅が積み上がる。

まるで一年後のための貯金みたいだった。

「ラベル書く?」

お母さんが言った。

レンはうなずいた。

紙に大きく書く。

2026年 梅干し

少し曲がった。

でもちゃんと読める。

お母さんはそのラベルを瓶に貼った。


夕方。

台所の隅で瓶が光っていた。

中の梅はまだ青い。

まだ渋い。

まだおいしくない。

けれど一年後には違うらしい。

レンは去年の梅干しをもう一粒食べた。

やっぱり酸っぱい。

でも今度は顔をしかめなかった。

納戸には去年の時間が残っていた。

瓶の中には来年の時間が入った。

昔の人は、こうして季節をしまっていたのかもしれない。


レンはラベルを見た。

2026年 梅干し

来年の自分は、どんな顔で食べるだろう。


少しだけ楽しみだった。

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