胃宿
夏休みの朝。
レンはテーブルに並んだ朝ごはんを見て、大きく伸びをした。
「いただきまーす!」
あっという間にご飯を食べ終えると、おなかをぽんぽんとたたく。
「ふうー。おなかいっぱい!」
その声を聞いたとたん、スマートスピーカーがぴこん、と光った。
「今だ!」
ことはが勢いよく飛び出してきた。
「今日は『胃宿』の日なんだ!」
「いしゅく?」
「二十八宿のひとつだよ。」
レンは首をかしげる。
「胃って……あの胃?」
ことははにっこりうなずいた。
「そう。ご飯が入る、あの胃。」
「星なのに?」
「うん。不思議だよね。」
ことはは空中に小さな星空を描いた。
七つほどの星がゆっすら光る。
「昔の中国では、このあたりの星を『胃宿』って呼んだんだ。」
「なんで胃なんだろ。」
「この星はね、『天の倉庫』とか『天の胃袋』なんて考えられていたんだ。」
「天の胃袋?」
「食べ物をしまっておく場所。だから、作物がたくさん実って、みんながおなかいっぱい食べられるようにっていう願いが込められていたんだよ。」
レンは自分のおなかをもう一度ぽん、とたたいた。
「ぼくのおなかと同じだ。」
「そうそう!」
ことはも自分のおなかをさすって笑う。
「おなかが空っぽだと元気が出ないでしょ?」
「うん。」
「だから昔の人にとって、『いっぱい食べられる』って、とても幸せなことだったんだ。」
レンは星を見上げるように目を細めた。
「でもさ。」
「うん?」
「なんで『胃』って名前にしたの?」
ことははぴたりと止まった。
「……それはね。」
少し考えてから、困ったように笑う。
「ぼくにも分からない。」
「えっ。」
「名前を付けた人が、どうして『胃』を選んだのかまでは分からないんだ。」
レンは少し拍子抜けした顔になる。
「ことはでも分からないことあるんだ。」
「あるよ。」
ことはは照れくさそうに頭をかいた。
「でもね。」
そう言って、ふわりとレンの肩に座る。
「名前を付けた人と、その名前に願いを重ねた人は、きっと同じじゃないんだ。」
「どういうこと?」
「たとえば、最初に『胃宿』って呼んだ人は、『この星並び、胃みたいだなあ』って思っただけかもしれない。」
「なるほど。」
「でも、そのあとでその名前を受け取った人たちは、『胃なら食べ物をしまうところだ』『じゃあ、この星は豊かさや実りを守る星なんだ』って考えた。」
レンは目を丸くした。
「あとから意味が育ったんだ。」
「そう。」
ことははうれしそうにうなずく。
「言葉ってね、名前を付けた瞬間に終わるんじゃない。その言葉を使う人たちが、少しずつ思いを重ねて、大きく育てていくんだ。」
レンは窓の外を見た。
青い空の向こうには、昼の星が隠れている。
「じゃあ、胃宿って、おなかいっぱいになれるようにって願いが集まった星なんだね。」
「うん。」
ことははにっこり笑った。
「だから『胃』という名前そのものより、その名前に『みんながおなかいっぱいでありますように』という願いを重ねた人たちの心のほうが、大事なんだよ。」
レンは食べ終わったお茶碗を見つめる。
毎日当たり前に食べているご飯も、昔ならきっと大切な宝物だったのだろう。
「ごちそうさま。」
いつもより少しだけ、ていねいに手を合わせると、ことはは満足そうに笑った。
「その言葉もね。」
「え?」
「豊かさへの『ありがとう』なんだよ。」




