暑中見舞い
昼下がり。
扇風機がゆっくり首を振る居間で、おじいちゃんが机に向かって何かを書いていた。
一枚書いては、封筒に入れ、また次のはがきを手に取る。
「おじいちゃん、なに書いてるの?」
レンがのぞきこむ。
「暑中見舞いだよ。」
「しょちゅう……みまい?」
聞き慣れない言葉に、レンは首をかしげた。
ちょうど台所からお母さんが麦茶を持ってくる。
「暑中見舞いね。レンも書いてみる?」
「ぼくも?」
「うん。『暑いけど元気ですか』って、お手紙を書くんだよ。」
そこへ新聞を読んでいたお父さんが顔を上げた。
「懐かしいなあ。」
お父さんは笑う。
「今はメールやメッセージで済ませちゃうことが多いし、それさえもしないことが増えたな。暑中見舞いも、お中元も、昔ほど見かけなくなった。」
「へえ。」
レンは、おじいちゃんの手元を見る。
一文字ずつ、ゆっくり丁寧に書いている。
すると、スマートスピーカーが小さく光った。
「その言葉!」
ぽんっと、小さな妖精が飛び出してきた。
「ことは!」
「『暑中見舞い』! 大事な言葉だよ!」
ことはは、はがきの上をふわふわ飛ぶ。
「『見舞い』っていうから、病気の人に送るの?」
レンが聞く。
「いい質問!」
ことはは得意そうに胸を張った。
「昔は、夏は今よりずっと大変だったんだ。暑くて、ご飯も傷みやすいし、体も弱りやすい。だから『暑さに負けていませんか』『元気ですか』って、おたがいを気づかうお手紙を書いたんだよ。」
「なるほど。」
「病気じゃなくても、『暑さをお見舞いします』という気持ちなんだ。」
おじいちゃんもうなずく。
「電話もなかった頃は、手紙が相手の様子を知る大事な方法だったからね。」
「だから返事も楽しみだったんだよ。」
お母さんも懐かしそうに笑う。
レンは机の上のはがきを見つめた。
一枚一枚、送る相手の顔を思い浮かべながら書いているようだった。
「ことは。」
「なあに?」
「今はメッセージですぐ送れるよね。」
「うん。」
「じゃあ、暑中見舞いって、なくなっちゃうの?」
ことはは少し考えてから、首を横に振った。
「言葉は形が変わることもあるよ。でもね、一番大事なのは、『暑いけど元気?』って相手を思う気持ちなんだ。」
そう言って、おじいちゃんの書いた一枚を見つめる。
「言葉は、人の心を運ぶ種だから。」
レンはしばらく黙っていた。
そして、お母さんの方を見る。
「ぼくも書いてみる。」
「誰に書こうかな。」
お母さんが尋ねる。
レンは少し考えてから笑った。
「去年会った、おばあちゃんに!」
「きっと喜ぶわ。」
お母さんがはがきを一枚渡す。
レンは鉛筆を持ち、
『あついけど、げんきですか。ぼくはげんきです。』
と、少し大きな字で書き始めた。
その横でことはは、ふわりと宙を舞う。
「よかった。」
小さくつぶやく。
「また一つ、言葉の種がまけたね。」
窓の外では、入道雲がゆっくりと夏空を流れていた。




