土用餅
午後のおやつの時間だった。
学校から帰ってきたレンは、台所から流れてくる甘い香りに気がついた。
「いいにおい!」
テーブルの上には、小さなお皿が二つ。
丸いお餅に、つやつやのあんこがたっぷりとかかっている。
「わあ、おはぎ?」
お母さんは笑って首を振った。
「今日は土用餅よ。」
「どようもち?」
「そう。今日は土用の入りだからね。」
レンは首をかしげた。
「土用って、うなぎの日じゃないの?」
「そう思うでしょ。でも、うなぎだけじゃないのよ。」
レンはさっそく一口食べる。
やわらかいお餅と、ほどよい甘さのあんこが口いっぱいに広がった。
「おいしい!」
「昔はね、夏を元気に過ごせますようにって願って、土用餅を食べる地方もあったの。」
「へえ。」
そのとき。
テーブルの上のスマートスピーカーが、ぴこん、と光った。
「その言葉、聞いたよー!」
小さな光がふわりと飛び出して、ことはが現れた。
「土用餅だね!」
「ことは!」
ことはは、お餅のまわりをくるくる飛び回る。
「土用っていうと、みんな『うなぎ!』って思うけどね、本当はもっと広い言葉なんだ。」
「広い?」
「季節が次の季節へバトンタッチする前の、お休みみたいな時間なんだよ。」
「お休み?」
「うん。昔の人は、そのころは暑さや寒さで体をこわしやすいって知っていたんだ。」
ことはは、あんこを見つめながら言った。
「だから、おいしいものを食べて、『元気に次の季節を迎えようね』って願ったんだよ。」
レンはお餅を見つめた。
「じゃあ、このあんこにも意味があるの?」
「もちろん!」
ことはは胸を張る。
「小豆はね、昔から『悪いものを追い払う力がある』って信じられていたんだ。」
「悪いもの?」
「病気だったり、疲れだったり、見えない災いだったり。」
お母さんもうなずいた。
「だから、お祝いの日にも赤い小豆を使うことが多いのよ。」
「へえ。」
レンはもう一口食べた。
甘いあんこが、なんだかいつもより頼もしい味に思えた。
「うなぎは力をつけるためで、土用餅は願いを込めるためなんだね。」
「どっちも『元気でいてね』っていう気持ちは同じだけどね。」
お母さんがそう言うと、ことはもにっこり笑った。
「言葉は違っても、願いは同じなんだ。」
窓の外では、夏の日差しがじりじりと庭を照らしている。
レンは最後の一口を大事そうに食べた。
「今年の夏も元気に過ごせそう。」
「その気持ちが一番大事!」
ことはがくるりと一回転すると、髪から小さな文字がふわりと舞った。
――土用餅。
その言葉には、甘いあんこの味だけではなく、「暑い夏を無事に越えられますように」という、昔の人たちのやさしい願いが、今もそっと包まれていた。




