ほおずき市
七月のある朝。
「レン、今日はちょっとお出かけしようか。」
お母さんがそう言うと、レンは本を閉じて顔を上げた。
「どこへ?」
「ほおずき市。」
「ほおずき市?」
聞いたことはあるような、ないような名前だった。
電車を降りると、人がたくさん歩いている。
風鈴がちりん、ちりんと鳴って、夏の風が音を運んでくる。
「わあ……。」
お寺の境内には、丸くふくらんだほおずきがずらりと並んでいた。
赤というより、夕焼けを閉じ込めたような橙色。
葉っぱの間から、紙で作った小さな提灯みたいに揺れている。
「かわいい!」
レンは思わず立ち止まった。
お店のおじさんが笑う。
「どれも元気に育ったよ。」
レンは一つ持ち上げてみた。
軽くゆすると、実が中でころん、と転がる音がした。
「中に何か入ってるの?」
「実だよ。」
お母さんがにっこり笑う。
「昔の人はね、このほおずきを飾って、家族が元気に過ごせますようにって願ったんだって。」
「お願い?」
「そう。夏は暑くて病気になりやすかったからね。」
レンはほおずきを見つめた。
暑い日も。
雨の日も。
大昔の子どもたちも、こんな色を見上げていたのかな。
そのとき、小さな女の子が鉢植えを抱えて言った。
「おうちで長生きしてね。」
その声を聞いて、お母さんがくすっと笑う。
「ほおずきに話しかけてる。」
「植物にも聞こえるのかな。」
「聞こえるかもしれないよ。」
レンも小さな声で言った。
「うちでも元気に育ってね。」
風が吹く。
ちりん。
ちりん。
風鈴が返事をしたようだった。
帰り道。
電車の窓に映るほおずきは、小さな提灯のように揺れていた。
「ねえ、お母さん。」
「なあに?」
「ほおずき市って、ほおずきを売るだけじゃないんだね。」
「どう思った?」
「みんなが『元気でいてね』っていう気持ちを持ち帰る日なんだ。」
お母さんは少し驚いた顔をして、それから優しくうなずいた。
「そうかもしれないね。」
家に帰ると、玄関にほおずきを飾った。
夕方の風が吹くたび、葉っぱがさらさらと鳴る。
まるで夏そのものが、小さな提灯をともして遊びに来たようだった。




