未の月の始まり
「はあ……。」
レンはカレンダーを見ながらため息をついた。
「もう七月かあ。毎日暑いなあ。」
そのとき、机の上のスマートスピーカーがぶるっと震えた。
「たいへん! たいへんだよ!」
ぴょこん、と小さな妖精が飛び出してきた。
髪の先から「未」という文字がふわりとこぼれる。
「ことは?」
「今日はね、『未の月の始まり』なんだ!」
「……ひつじ?」
レンは首をかしげた。
「ひつじ年なら聞いたことあるけど。」
ことはは胸を張った。
「そこなんだよ! 干支は年だけじゃないんだ。」
「え?」
「干支は、もともと年だけじゃなくて、月にも、日にも、時間にも名前をつけていたんだよ。」
ことはは指を折りながら数え始めた。
「一月は寅の月、二月は卯の月、三月は辰の月……。」
「へえ。」
「そして七月は『未の月』!」
「毎月ちゃんと干支があるんだ。」
「そう! 昔の人は、季節の流れを十二の動物と結びつけて暮らしていたんだ。」
レンはカレンダーを見直した。
「でも、どうして七月が未なんだろう。」
ことはは少しだけ空を見上げた。
「未ってね、『まだ終わっていない』っていう意味を持つ字でもあるんだ。」
「そうなの?」
「木の枝がまだ伸びきっていない姿からできた字なんだよ。」
「じゃあ、七月もまだ途中?」
「そう!」
ことはは大きくうなずいた。
「暑さは真っ盛りだけど、昔の人は『もう秋へ向かう準備が始まるころ』だと思っていたんだ。」
「えっ、この暑さで?」
レンは思わず外を見る。
照りつける日差し。
じりじり鳴くセミ。
どう見ても夏まっさかりだ。
ことはは笑った。
「だからこそだよ。」
「?」
「暑さだけを見ていたら、季節の変わり目を見逃してしまうでしょう?」
「うん。」
「田んぼでは稲がぐんぐん育って、実をつける準備を始める。空には少しずつ秋の雲が混じる日もある。昼の長さも、夏至を過ぎると少しずつ短くなっていく。」
レンは少し考えた。
「気づかないくらいだけど、ちゃんと変わってるんだ。」
「そう。だから未の月は、『これから先の実りを育てる大事な月』なんだ。」
ことははやさしく続けた。
「昔の人は、収穫は秋だけれど、その秋は急に来るわけじゃないって知っていたんだよ。」
「七月からもう始まってるんだ。」
「うん。見えないところで、少しずつね。」
レンは窓を開けた。
むわっと暑い風が入ってくる。
その向こうで、青々とした木々の葉が揺れていた。
「まだ夏なのに、もう秋への準備かあ。」
「『まだ』と『もう』は、どっちも本当なんだよ。」
ことははにっこり笑う。
「だから『未の月』っていう言葉には、今だけじゃなくて、これから先の季節を見る目が入っているんだ。」
レンは空を見上げた。
白い入道雲の向こうは、まだまだ夏。
だけど、そのずっと先には、少しずつ近づいてくる秋が待っている。
「未の月か。」
レンはその言葉を小さく口にした。
ことはは嬉しそうに笑った。
「また一つ、言葉の種が残ったね。」




