壁宿
「レン、今日は図書室に行くといいかも!」
学校へ行く支度をしていると、スマートスピーカーの中からことはの声が弾んだ。
「図書室?」
ランドセルを背負いながら、レンは首をかしげる。
「うん、なんだか今日は、言葉がそわそわしてるんだ。」
「言葉がそわそわ?」
「そう! 本がたくさん集まるところは、昔の言葉もいっぱい眠ってるからね。」
レンは少し笑った。
「ことはって、そういうこと言うときは何かあるんだよね。」
「えへへ。ばれた?」
小さな妖精が、スピーカーからふわりと姿を現した。髪の先から、小さな文字がきらきらとこぼれる。
「今日はね、『壁宿』の日なんだ。」
「へきしゅく?」
「二十八宿の一つ!」
ことはは胸を張った。
「壁って、かべ?」
「そう。でも、おうちの壁じゃないんだ。」
「違うの?」
「昔の人はね、大事な本や巻物をしまう建物の壁を思い浮かべたんだって。」
レンは目を丸くした。
「本を守る壁か。」
「そうそう! だから壁宿は、学問や本、それから文章を書くこととも縁がある宿なんだよ。」
「だから図書室?」
「きっとね。」
昼休み。
レンは図書室の扉を開けた。
「わあ……。」
教室とは違う静けさが広がっている。
ページをめくる音。
鉛筆が紙を走る音。
本棚には、ぎっしりと本が並んでいた。
ことはは、うれしそうにふわふわ飛び回る。
「ほらほら! 言葉がいっぱい!」
「そんなふうに見えるの?」
「うん!」
ことはが近づくたび、本の間から小さな文字が光るように舞い上がる。
「昔の人が書いた言葉も、昨日書かれた言葉も、みんなここで次の人を待ってる。」
レンは一冊の本を手に取った。
表紙は少しくたびれている。
何度も誰かに読まれた跡があった。
「この本も?」
「もちろん。」
ことははにっこり笑う。
「誰かが読めば、その言葉は元気になる。」
レンは静かにページを開いた。
知らないことが一つ書いてある。
ページをめくると、また一つ。
「へえ。」
思わず声がもれる。
ことははその様子を見て、満足そうにうなずいた。
「壁宿の日はね、新しいことを覚えたり、本を読んだりするのにぴったりなんだ。」
「宿が勉強を応援してくれるってこと?」
「昔の人は、そんなふうに空を見て暮らしてたんだろうね。」
窓の向こうには、昼間の青い空が広がっている。
星は見えない。
それでも、その向こうには壁宿もある。
レンはもう一度、本に目を落とした。
「今日は図書室に来てよかった。」
ことはは小さく拍手した。
「やった! 壁宿もきっと喜んでるよ。」
ページをめくる音が、静かな図書室にやさしく響いた。
言葉は、本の中で眠っているだけではない。
誰かが開き、読み、心にしまうたびに、また次の誰かへ渡っていく。
ことははその様子を見つめながら、小さく笑った。
「今日も一つ、言葉の種がまけたね。」




