半夏生
七月になったばかりの朝。
「おじいちゃん、お散歩に行こう!」
レンは麦わら帽子をかぶって、庭へ飛び出しました。
おじいちゃんは、竹かごを持ってにこにこしています。
「今日は半夏生じゃ。」
「はんげしょう?」
レンは首をかしげました。
「それ、お花の名前?」
「そう思うじゃろう。」
おじいちゃんは笑いました。
「今日はまず、半夏生という季節の日を見つけに行こう。」
ふたりは田んぼのあぜ道を歩きました。
風が稲の葉をさわさわと揺らしています。
「田植えも終わったね。」
レンが言うと、おじいちゃんはうなずきました。
「昔はな、この半夏生までに田植えを終えるものだと言われておった。」
「じゃあ、今日が締め切りだったの?」
「そういうことじゃ。」
レンは空を見上げました。
「でも、夏至でもいいような気がする。」
おじいちゃんは、からからと笑いました。
「わしも子どものころ、そう思ったことがある。」
「えっ、おじいちゃんも?」
「夏至から十日ほどしか違わんからな。でも、その十日が大事だったんじゃろう。」
歩いていくと、小さな湿地がありました。
「あっ!」
レンが声を上げます。
緑の中に、白い葉が何枚も浮かんでいました。
まるで誰かが白い絵の具を筆でさっと塗ったようです。
「きれい!」
「これがハンゲショウじゃ。」
「お花?」
「いや、白いのは葉っぱじゃ。」
「ええっ?」
レンは顔を近づけました。
小さな花は細い穂になっていて、とても地味です。
そのかわり、葉っぱが半分だけ雪のように白くなっています。
「虫さんに見つけてもらうためなんだよ。」
「葉っぱで?」
「花より目立つじゃろ。」
レンは何度も見比べました。
「ほんとだ。」
「そして、この葉っぱが白くなるのが、ちょうど半夏生のころなんじゃ。」
「だからハンゲショウ?」
「そう。」
レンは得意そうに言いました。
「じゃあ、半夏生っていう日が先にあって、お花の名前があとなんだ!」
「そのとおり。」
おじいちゃんは目を細めました。
「でもな、本当はもうひとつ、『半夏』がおる。」
「まだいるの?」
「いるとも。」
帰り道、おじいちゃんは畑のすみでしゃがみ込みました。
「ほれ。」
そこには、三つ葉のような葉をした小さな草が生えていました。
花は、緑の小さな袋から、細いひもが一本すうっと伸びています。
「変なお花。」
「これはカラスビシャク。」
おじいちゃんは土をそっと掘りました。
ころん、と白い球が出てきます。
「この球が、漢方でいう『半夏』じゃ。」
「これが半夏!」
「そう。半夏が顔を出すころだから、半夏生。」
レンは、さっきの白い葉っぱを思い出しました。
「じゃあ、
半夏がいて、
半夏生の日があって、
ハンゲショウがいるんだ。」
「うん。」
「みんな親戚みたいだけど、ほんとは違うんだね。」
「名前の親戚じゃな。」
レンは少し考えてから笑いました。
「ややこしいね。」
「自然は、ややこしいくらいが面白い。」
おじいちゃんは球を土へ戻しました。
「薬になるものでも、まだ寝かせておく。」
「どうして?」
「急いで掘ることばかり覚えると、育つ時間を忘れてしまうからじゃ。」
レンも小さな土をかぶせました。
遠くで風が稲を揺らしています。
白いハンゲショウの葉が風にひるがえり、
畑では半夏が静かに土の中へ戻り、
空には夏の雲がゆっくり流れていました。
「半夏生ってね。」
帰り道、おじいちゃんが言いました。
「暦に書いてある日じゃなくて、自然が『もう夏ですよ』と教えてくれるしるしなんじゃ。」
レンは大きくうなずきました。
その日から、七月になるたびに、
白い葉っぱを見つけると、
レンは心の中でそっとつぶやくようになりました。
「こんにちは、半夏生。」




