冬の後①古い友人
冬は長く、厳しかった。ミスカトニック大学の生存者たちは、互いに支え合い、誰一人欠けることなく、その冬を越した。今、アーカムの地には、再び生命の息吹を告げる、穏やかな春が訪れていた。
雪解け水でぬかるんでいた道も乾き、博はアーミテイジ教授と共に、電気自動車でアーカムの郊外へと出ていた。目的は森に自生するベリーを採集すること。ジャムにすれば、貴重なビタミン源となり、冬の間に単調になった食事に彩りを添えてくれる。
「今年は、豊作のようだな」
教授は籠いっぱいに摘み取った、赤黒く熟したベリーを満足げに眺めていた。
目的の量を集め終えた後、教授が少し遠慮がちに切り出した。「ヒロシ君、少しだけ寄り道をしてはくれんか。私の……古い友人に、挨拶をしていきたくてな」
博がその言葉の意味を測りかねていると、教授はいたずらっぽく笑った。
彼が「古い友人」と呼んだのは、パンデミックの直前に調査していた、古墳のことだった。車を降り、森の中を数分歩くと、木々に囲まれた小さな丘の上に、その遺跡は、静かに佇んでいた。
「不思議なものだろう?」教授は、苔むした石組みを、愛おしむように撫でながら言った。「この辺りの先住民の遺跡とは、様式が全く違う。石の積み方、玄室の構造……。どちらかと言えば、古代エジプトの、それも極めて古い時代のものに近いのだ。こんなものが、ニューイングランドの森の奥深くにあること自体、考古学の常識を覆す大発見なのだがね」
博は教授に促されるまま、懐中電灯を手に、古墳の狭い入り口をくぐった。ひんやりとした、土と時間の匂いがする。奥の玄室は、ドーム状になっており、その中央に、石で作られた台座が置かれていた。
そして、その上に、それは横たわっていた。
身長は、2メートルを優に超えているだろうか。人間とは思えないほど、手足が長く、異様に痩せている。全身を乾燥した、茶褐色の皮膚が覆っている。ミイラ。だが、その頭部の形状は、人間とは明らかに異なっていた。
「これが私の友人だ」教授が畏敬の念を込めて呟いた。
博はその異様な姿に言葉を失った。しかし、教授は別のことに驚いているようだった。彼はミイラに近づくと、その表面を、怪訝な顔でしげしげと眺めている。
「……おかしいな」教授は首をひねった。「前回、私が見た時、このミイラは、全身がタールのような、黒い粘着質の物質で、厚く覆われていたのだ。それが今は、綺麗になくなっている……」
その言葉に博はダンウィッチの、あの屋敷の地下室で見た、脈動する黒い塊を、不意に思い出していた。
「バクテリアか、何かでしょうか?」博は自分の口から出た、その言葉の空々しさを感じながら、そう答えた。「時間がたって、分解されてしまったとか……」
教授は納得のいかない顔で、なおもミイラを観察していた。博はその横顔を見ながら、言いようのない不安に駆られていた。タールのような物質が消えた。それは本当に、自然な分解によるものなのだろうか。それとも、封じられていた何かが、その長い眠りから、目覚めてしまった、ということなのだろうか。
古墳の外では鳥がさえずり、穏やかな春の日差しが、木々の間から差し込んでいる。その平和な光景とは裏腹に、博の心の中には、より根源的な恐怖の影が、静かに忍び寄ってきていた。




