33日目⑦
棺桶は木の葉のように、荒れ狂うミスカトニック川の流れに翻弄された。博はその表面に腹這いになり、棺の縁を指が白くなるほど強く、強く握りしめていた。冷たい水が、容赦なく彼の体を打ちつけ、体温と体力を根こそぎ奪っていく。
何度、転覆しそうになったか分からない。岩に激突し、棺桶の一部が砕け散ったこともあった。そのたびに、彼はただ本能だけで、しがみつき続けた。
意識が何度も遠のきそうになる。寒さで体の感覚は、とうになくなっていた。
アーミテイジ教授、サラ、ディーン、スミス。彼らの顔が、脳裏をよぎっては、すぐに濁流の轟音にかき消されていく。
どれほどの時間が、その地獄の中で過ぎただろうか。
ふと、彼は川の流れが、先ほどよりも、いくらか穏やかになっていることに気づいた。ダムから離れ、川幅が広くなったことで、奔流の勢いが、少しずつ弱まってきたのだ。
声。誰かが、彼を呼んでいる。幻聴か。
彼は最後の力を振り絞って、顔を上げた。
東の空が白み始めていた。夜明けだ。そして霧雨の向こうに町が見える。
アーカムの町が、朝靄の中に、その輪郭を現し始めていた。
助かった。
その安堵感が、張り詰めていた、最後の緊張の糸を、ぷつりと断ち切った。彼の指から、力が抜けていく。視界が、急速に暗転していく。
遠くから聞こえる誰かの叫び声を、遠い子守唄のように聞きながら、博の意識は、深く静かな闇の中へと、沈んでいった。




