↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミスカトニック大学留学記  作者: 里見さと子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

71/79

33日目⑤墓地

 夜。共同墓地は、豪雨によって巨大な泥の沼と化していた。博は墓石の陰に身を潜め、荒い呼吸を繰り返していた。雨と汗で全身がずぶ濡れになり、容赦なく体温を奪っていく。歯の根が合わないほどの寒さに、体が意思とは関係なく、小刻みに震えていた。



 背後の丘の下からは、まだ不気味な呻き声と泥をかき分ける音が聞こえてくる。死者の群れは、執拗に、彼を追ってこの墓場の中へと侵入しつつあった。



 逃げなければ。しかし、どこへ。足元はぬかるみ、一歩踏み出すごとに、足が深く沈み込む。もはや、走ることすらままならない。



 彼は最後の力を振り絞って立ち上がり、丘のさらに上を目指そうとした。



 その時だった。ぬかるんだ地面の下、何か硬いものに足を取られ、彼は派手に体勢を崩した。



「……なんだ?」



 彼が蹴つまずいたのは、石でも、木の根でもなかった。それは、黒々とした長方形の木製の箱。雨水が、周囲の土を洗い流し、その全体像がぬかるみの中から、だんだんと姿を現しつつあった。



 棺桶だ。



 古い時代のものなのか、土葬された棺が、豪雨による地盤の緩みで地表へと浮かび上がってきていた。



 絶望的な状況の中で、博の脳裏に、突飛な、だが唯一の活路が閃光のように閃いた。



 彼は持っていた鉄パイプの槍の、尖っていない方の端で、棺桶の側面を、力いっぱい突き始めた。一度、二度。鈍い音と共に、棺桶がぬかるみの中で、わずかに揺れる。彼はまるで狂ったように、何度も、何度も、棺桶を突き続けた。



 やがて、棺桶は周囲の泥水との間に、完全な浮力を得て、水面にぷかりと浮かび上がった。



 博は躊躇しなかった。彼はその不気味な舟に、馬乗りになるように跨った。そして、槍をカヌーのパドル代わりに、ぬかるんだ地面を突き、水をかき分けた。



 棺桶はゆっくりと泥水の上を滑り始めた。雨水は墓地の斜面を流れ下り、一つの小川のようになって、丘の下へと向かっている。博はその流れに乗り、死者の群れが登ってくる脇を、すり抜けるようにして、下っていく。



 何体かのゾンビがその奇妙な乗り物に気づき、腕を伸ばしてきたが、泥に足を取られ、その動きは鈍い。博は槍でその手を払い、あるいは頭を突き、彼らの追撃を振り払った。



 それは、悪夢の中にしかありえないような、冒涜的で、あまりにも奇妙な光景だった。死者の眠る場所で、死者のための箱に乗り、生きるために死者の群れから逃げる。



 やがて棺桶は墓地の境界を抜け、濁流と化した川へと続く、急な斜面へと滑り出していった。博は棺桶にしがみつき、目を閉じた。これから始まるのは濁流との死闘だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。