31日目②
夕方。博は東側の塀の前に立ち、約束通り石で壁を三度叩いた。すぐに壁の向こうから、アーミテイジ教授の安堵の声が返ってきた。
『……君か。外は、静かになったようだな』
「ええ。問題ありません」博は答えた。「中にいる、軍のゾンビについて、詳しく教えていただけますか」
『うむ』教授は、落ち着いた声で語り始めた。『正門の近くに、五体いる。彼らがいるせいで、我々は、正門を開けることができない。正門自体には、いまは鍵はかかっていない。閉めてあるだけだ』
鍵がかかっていない。その情報は、大きな光明だった。
「教授。今から僕が、その五体を外へ誘い出します」博は即座に計画を立てた。「彼らをおびき寄せ、上から物を落として処理します。危ないので建物の中にいてください」
博はサラと無線で連携し、作戦を開始した。まず大学の正門を人が通れる程度に開き、軍人ゾンビの前に躍り出て注意を引く。
博は彼らを引き連れるように、昼間と同じ、あの三階建ての建物の前まで、ゆっくりと後退した。屋上では、サラが新たなコンクリートブロックを準備して、待ち構えている。
一体、また一体と、大学から出てきた五体の死者が、射程に入っていく。サラは冷静に、正確に、屋上からの攻撃を繰り返した。けたたましい破壊音と、鈍い衝撃音が、夕暮れのアーカムに、五度響き渡った。
すべてが終わった後、博は正門へと戻った。ギィ……という重い音を立てて、巨大な鉄の門が大きく開かれていく。
門の向こう側には、数人の人々が、恐る恐る、しかし希望に満ちた表情で、こちらを見ていた。その中心にいた、白髪で眼鏡をかけた、知的な雰囲気の老人が、アーミテイジ教授に違いなかった。
「……君が、ヒロシ君か」教授が震える声で言った。「ありがとう。本当に、ありがとう」
博がサラを伴って大学の敷地へと足を踏み入れると、生存者たちがわっと集まってきた。教員、学生、医者、看護師、そして患者たち。皆、疲労の色は濃いが、その目には、確かな生命の光が宿っていた。
その人々の輪の中から、サラが不意に、ある一点を見つめて、息を飲んだ。
「……スミスさん?」
車椅子に乗った、足の不自由な老人。グレンフィールドの、隣の家に住んでいた、スミスさんだった。彼は、サラの姿を認めると信じられないものを見るかのように、目を見開いた。それから、隣に立つ、屈強な体つきの、憔悴しきった表情のもう一人の老人に向かって、叫んだ。
「ディーン! ディーン! 見ろ! サラだ! サラがいるぞ!」
その名前に、老人は弾かれたように顔を上げた。日に焼け、深い皺が刻まれた顔。博が写真でしか知らなかった、サラの祖父、ディーン。
「……サラ?」
ディーンの声は、かすれていた。サラの青い瞳から、大粒の涙が、堰を切ったように溢れ出した。
「グランパ……!」
サラは、人混みをかき分けるようにして、祖父の胸へと飛び込んでいった。ディーンは、その小さな体を、震える腕で、力強く抱きしめた。数週間ぶりに再会した祖父と孫は、ただお互いの名前を呼び合い、声を上げて泣き続けた。その光景を、博とアーミテイジ教授、そして生き残った人々が、夕暮れの柔らかな光の中で、静かに見守っていた。




