30日目③アーミテイジ教授
アーカムの町が、再び深い闇に包まれた。博は東側の塀へと続く道に、息を潜めていた。イヤホンから聞こえるサラのカウントダウンだけが、静寂の中で時を刻んでいる。
『……今!』
合図と共に、彼は闇を駆け抜けた。東側の塀。高く、冷たい煉瓦の塀の前に立つ。彼は塀をコツコツと小さく叩いた。それが彼らの間で決めた合図だった。
数秒の沈黙。諦めかけた、その時。
コン、コン。
塀の向こう側から、石で壁を軽く叩くような、控えめな音が聞こえた。博は壁に耳を寄せ、声を潜めて囁いた。
「アーミテイジ教授ですか?」
『……そうだ』壁の向こうから、しわがれた、知的な響きを持つ老人の声が返ってきた。『君がヒロシ君か。手紙をありがとう』
その声には疲労と安堵の色が滲んでいた。
『我々の状況は、良くない。一週間前、無線機のある部屋にゾンビが入り込んでしまったので閉鎖した。その混乱で、正門を閉めるときに軍人ゾンビが五体入り込んでしまって大学内から出るのが困難な状況にある……』
教授は堰を切ったように、彼らの状況を語り始めた。博はその話を遮った。
「教授、申し訳ない。話の途中で失礼します。一つ提案がある」
『……なんだね?』
「大きな音を立ててもいいだろうか」博はきっぱりと言った。「この辺りを徘徊している、軍人ゾンビを排除したい。奴らがいなくなれば、我々は安全に自由に話をすることができる」
壁の向こうで教授が息を飲むのが分かった。軍人ゾンビ。彼らにとっても、大学からの出入りを阻む、大きな脅威だった。
「奴らは音には鈍感だ。だが単純な罠にかけることはできる。高所から物を落として奴らをつぶしたいが、それをすると大きな音が出る可能性がある」
博の計画は、大学内のゾンビを刺激する可能性があった。しかし、この膠着した状況を打破するためには、それしか方法はない。
壁の向こうで、数秒間の沈黙があった。教授が中にいる仲間たちと短い協議をしているのかもしれない。
やがて決意のこもった声が返ってきた。
『……分かった。我々もいずれは奴らを排除したかった。大学内のゾンビにも外の音は影響はないだろう。やりたまえ』
博は短く礼を言うとすぐにその場を離れた。これから始まる作戦のことで、彼の頭はすでに一杯だった。




