30日目②手紙
大学からの応答がないまま、時間だけが過ぎていく。博は焦りを紛らわすように、拠点の家の二階の窓から、双眼鏡で大学周辺の通りを、ただひたすらに監視し続けていた。軍人ゾンビが決まったルートを、機械のように往復している。その光景にも、もはや何の目新しさもなかった。
諦めかけて、双眼鏡を下ろそうとした、その時だった。彼の視界の隅、大学の東側の塀のすぐそばの、道路の端に、何か小さな、白いものが落ちているのが見えた。ゴミか、あるいはただの石か。しかし、その白さは、周囲の汚れたアスファルトの中で、不自然なほど際立って見えた。
心臓が、どくんと大きく鳴った。彼はレンズの焦点を、その一点に集中させる。
間違いない。
それは、彼らが昨夜投げ込んだものと同じ、手紙が結びつけられた、小石だった。
返事が来た。
問題は、どうやってそれを回収するかだった。その石は、軍人ゾンビの巡回ルートの、すぐ脇に落ちている。
「サラ、頼む」博は、階下にいるサラに無線で連絡した。「東側の通りだ。奴らが、一番遠くへ行ったタイミングを教えてくれ」
『わかった!』
博は、バールを手に、息を殺して家を出た。建物の影を伝い、大学の東側の塀へと近づいていく。イヤホンから聞こえるサラの声だけが、彼の命綱だった。
『……今、角を曲がった! 行って!』
サラの合図と共に、博は壁際の影から飛び出した。数秒間の全力疾走。目的の石を、地面からひったくるように拾い上げ、彼はすぐさま、近くの建物の路地裏へと身を隠した。重いブーツの足音が、遠くで聞こえる。間一髪だった。
拠点に戻り、彼は震える手で、石に結びつけられた、汚れた紙片を解いた。そこには、インクが滲んだ、力強い筆跡で短いメッセージが書かれていた。
『手紙は読んだ。我々は、図書館にいる。現在、無線機が使えない。日没後、東側の塀へ。詳細を伝える』
署名は、H.P.アーミテイジ。
博はその紙を握りしめた。生きていた。彼らは、確かに、あの沈黙の学舎の中で、生き延びていた。そして、彼らは助けを求めている。無線機が使えないという絶望的な状況の中で。
彼は窓の外に沈みゆく太陽を見つめた。
夜が来れば、再びあの危険な場所へ行かなければならない。だが彼の心に、もはや恐怖はなかった。




