29日目②メッセージ
アーカムの夜は、相変わらずの静寂に包まれていた。博はまず、屋上に仕掛けた監視カメラの映像を回収し、早送りで再生した。そこに映っていたのは、昨日までと何も変わらない、固く閉ざされた大学の正門だけだった。人影も物音も、何一つ記録されていない。
「ダンカンさんの言う通り……」博は拠点に戻ると、地図を広げながらサラに言った。「……もし中に生存者がいるとしても、彼らは正門には近づけない状況にあるのかもしれない。あるいは、もっと別の場所にいるか…」
手紙を投げ入れるという作戦は有効そうだ。しかし、正門からでは意味がない。
「塀の、別の方角から試してみよう」博は、大学の広大な敷地を囲む、長い塀のラインを指でなぞった。「東西南北、四方からだ。どこかに、彼らの拠点があれば、気づいてもらえるかもしれない」
問題は、どうやって高い塀を越えて、手紙を敷地内に届けるかだった。
博はこの家で見つけた物干し竿と、荷造り用の丈夫な紐、小さな布袋を使って、手紙を飛ばす道具を作り始めた。てこの原理を利用した、原始的な投石器のようなものだ。これなら、小さな石に結びつけた手紙を、かなりの距離まで飛ばすことができる。
彼は数枚の紙に、簡潔なメッセージを書き込んだ。『生存者へ。私はヒロシ。ダンカン・ライス氏の協力者だ。大学の外にいる。無事なら、何らかの合図を求む』
準備は整った。夜が更け、軍人ゾンビの巡回ルートをサラが窓から注意深く監視する。
「……東側の通り、誰もいないよ」
サラの合図で、博は闇の中を駆け出した。大学の東側の塀に近づき、手製の投石器に、手紙を結びつけた小石をセットする。彼は大きく腕をしならせ、闇に包まれた大学の敷地の中へ向かって、それを放った。ヒュッ、という微かな風切り音を残し、手紙は闇の中へと消えていく。
彼はこの作業を、機械のように迅速に繰り返した。南側、西側、そして最後に、川に近い北側の塀。軍人ゾンビの巡回に見つからないよう、建物の影から影へと移動し、サラのナビゲートを頼りに、タイミングを見計らって、メッセージを投げ込んでいく。
四通の手紙が、大学の広大な敷地の、異なる場所に放り込まれた。それが、中にいるかもしれない生存者の目に留まるかどうかは、完全に運任せだった。
拠点に戻り、息を切らす博に、サラが温かいお茶を差し出した。「あとは、待つだけだね」
「ああ」博は頷いた。「あとは、信じて待つだけだ」
二人は窓の外の闇を見つめた。闇の向こう、高い塀に囲まれた学舎で、彼らの投げかけた小さなメッセージが、誰かの目に留まることを、ただひたすらに祈っていた。




