29日目①ダンカン
リビングに差し込む光は、昨日までとはどこか違って見えた。この町の闇の中に、もう一人、確かに息をしている人間がいる。その事実は、膠着した状況を打ち破る確かな希望の光だった。
「どうする、ヒロシ?」サラが、テーブルの上の無線機を見つめながら尋ねた。「あのダンカンっていうおじいさん、信じてもいいのかな」
「信じるしかない」博は、きっぱりと答えた。「それに、彼の言っていた、大学のアーミテイジ教授のグループ……彼らがまだ生きているなら、接触したい」
博はダンカンに教えられた周波数に無線機を合わせた。数回の呼びかけの後、あのぶっきらぼうな声が、スピーカーから返ってきた。
『……なんだ。もう、何か用か。わしは忙しいんだが』
「ダンカンさん。ヒロシだ」博は、単刀直入に切り出した。「僕は大学のグループと接触してみたい。何かいい方法はないだろうか」
無線の向こうでダンカンが、ふん、と鼻を鳴らすのが聞こえた。『正門から入るつもりなら、やめておけ。あれは、内側から厳重に封鎖されているはずだ。わしが、そうするように指示した』
『まずは、そちらの存在を知らせることだ』ダンカンは、アドバイスをくれた。『弓矢か何かで、手紙を敷地内に撃ち込むんだな。もし彼らが無事なら、応答があるかもしれん』
それは原始的だが、確実な方法だった。博は礼を言った。
その後、会話は意外な方向に進んだ。サラが、無邪気にダンカンに話しかけたのだ。「おじいちゃん、一人で、寂しくないの?」
『……! な、誰だ、その小娘は!』ダンカンの、狼狽したような声が響く。『わしは、寂しくなどない! 一人が、気楽でいいんだ!』
そのやり取りをきっかけに、三人の間には、どこかぎこちない、しかし和やかな空気が流れ始めた。サラがグレンフィールドでの出来事を話すと、ダンカンは、相槌を打ちながらも、真剣に耳を傾けているようだった。
しばらく歓談が続いた後、ダンカンがもごもごと、何か言いにくそうに口を開いた。
『……その、なんだ』彼の声は、先ほどまでの自信に満ちた響きとは違い、どこか恥ずかしそうだった。『わしの、このシェルターなんだが……一つだけ、準備を忘れたものがあってな……』
「なんです?」
『……インターネットの回線を、引き込むのを忘れていた』ダンカンは、小さな声で白状した。『外の世界の情報が、全く入ってこん。それに……その、おびき寄せた連中のせいで、わしもこのシェルターから、一歩も外に出られんのだ……』
博とサラは、顔を見合わせた。完璧な準備をしていたように見えたダンカン・ライスの意外な弱点。彼は、自らが作り出したゾンビの壁によって、自分自身をも、その地下シェルターに閉じ込めてしまっていた。その事実は、彼が決して万能の超人などではなく、助けを必要としている、自分たちと同じ、一人の生存者であることを示していた。




