28日目③交信
博はヘッドホンをサラに手渡した。「聞いてみてくれ」
サラは恐る恐るそれを耳に当てた。そして、数秒後、驚きに目を見開いて頷いた。彼女にもはっきりと聞こえている。博は、無線機の送信ボタンの位置を確認し、一つ、深く息を吸った。
「こちら……こちら、生存者。聞こえるか。ダンカン・ライスと名乗る方。どうぞ」
彼の声は緊張で少し上ずっていた。送信ボタンを離すとスピーカーからは、しばらくの間、繰り返される放送が流れるだけだった。諦めかけた、その時。
放送がぴたりと止んだ。それから、ノイズの混じった、別の声がスピーカーから響いた。
『……誰だ? 今、話したのは誰だ?』
それは放送の声と同じ、年老いた男の声だった。だが、録音された冷静な響きとは違い、そこには動揺と鋭い警戒心が滲んでいた。
「私の名前は、ヒロシ」博は、できるだけ落ち着いて答えた。「私は生存者を探している。あなたも、そうなのか?」
数秒の沈黙。無線機の向こうで、相手が思考を巡らせているのが分かるようだった。
『……そうか。アーミテイジ教授のグループではないのか』男の声には、あからさまな失望の色が浮かんでいた。『ちっ、どこか別の場所からの電波を拾っただけか……』
「アーミテイジ教授とは、誰なんだ?」博は、核心に迫った。「大学には生存者がいるのか?」
『……いた、と言うべきかもしれん』ダンカンと名乗る男は、渋々といった口調で語り始めた。『アーミテイジ教授と老人たちがな。彼らは、大学の図書館に立てこもっていた。わしと一週間ほど前まで、無線で連絡を取り合っていた』
一週間前。その言葉に、博は嫌な予感を覚えた。「今は、連絡が取れないのか?」
『そうだ。ぱったりと応答がなくなった。何か、トラブルがあったのかもしれん』
博は頭の中で情報を整理した。大学には確かに生存者がいた。しかし、彼らは今、危機的な状況にある可能性がある。そして、彼はもう一つの大きな疑問を口にした。
「町の北側に、おびただしい数の死者が集まっている。あれは、一体なぜなんだ? 南側とは、状況が違いすぎる」
その問いにダンカンの声は、明らかに誇らしげな響きを帯びた。
『はっ、あれか。あれは、わしの仕業だ』彼は、自慢げに言った。『アーミテイジ教授たちが、大学の外で活動しやすいように、わしが町のほとんどの連中を、北側へとおびき寄せてやったのさ。大音量のスピーカーと発電機を使ってな』
博の推測はおおよそ当たっていた。そして彼は作戦を実行した人物の、意外な正体に驚いていた。
『わしは、ダンカン・ライス。いわゆる、プレッパーというやつだ』男は続けた。「こんな日のために、何年も前から備えてきた。わしの地下シェルターには、十数年は暮らせるだけの食料と設備が揃っている」
プレッパー。文明の崩壊を予測し、そのための準備を入念に行ってきた人々。博は、その存在を、本で読んだことがあった。
「あなたはどこにいるんだ?」
『アーカムの北側。住宅街のはずれだ。わしの家の地下シェルターにいる』ダンカンは答えた。「まあ、お前さんが、あの死者の群れを抜けて、ここまで来られるとは思わんがな。……よし、周波数は今のチャンネルだ。何かあったら、それで呼びかけろ」
一方的にそう告げると、無線は、ザーッというノイズだけを残して、沈黙した。博とサラは、顔を見合わせた。
ダンカン・ライス。どこか偏屈そうで、自信家でもある。膨大な知識とサバイバルのための設備を持っている。
そしてミスカトニック大学のアーミテイジ教授のグループ。
生存者を見つけた喜びと、大学内で何が起きたのかという疑問が、博の頭の中でぐるぐるとめぐっていた。




