26日目②監視
拠点とした家のリビングは、作戦司令室の様相を呈していた。壁には、博が昼間集めた情報が書き込まれた地図が貼られている。その地図を眺めながら、サラがふと思いついたように言った。
「ねえ、ヒロシ。この家にあったカメラ、使えないかな」
彼女が指差したのは、この家の持ち主のものだったであろう、古いデジタルカメラだった。バッテリーは切れていたが、車の電源を使えば充電できるはずだ。
「カメラ?」
「うん。大学の門が見える屋上に、これを置いて、録画しておくの。そうすれば、私たちが寝ている間も、誰かが出入りしていないか、分かるかもしれない」
その発想に、博は目を見張った。「サラ、それはいい考えだ」
二人は早速、車のバッテリーでカメラを充電し、夜陰に紛れて、昼間見つけた大学がよく見える屋上へと向かった。カメラを雨風に濡れない軒下に固定し、録画ボタンを押す。小さな赤いランプが点灯し、彼らの不在の間、静かに大学の門を監視し続けるだろう。
拠点に戻ると博はノートパソコンを開き、SNSにアクセスした。アーカムの地図作りのことを報告すると、他の生存者たちもそれぞれの拠点の地図を作成していることが分かった。それは見えない脅威から身を守るための普遍的な知恵だった。
彼はふと、疑問を投げかけてみた。『皆、今どこにいるんだ? それぞれの状況は?』
返信は、世界の様々な場所から届いた。
『コロラド州、ロッキー山脈の麓。小さなコミュニティで、農業を再開しようとしている』
『ルイジアナ州、ミシシッピ川のハウスボート。川の魚が、貴重なタンパク源だ』
『日本の北海道。そろそろ冬支度を始めてる』
世界はまだ死に絶えてはいなかった。各地で人々はそれぞれの知恵と工夫で、必死に生き延びている。その事実が博の心を強くした。
同時に新たな不安も生まれていた。この衛星回線が、いつまで機能するか分からない。
『そろそろネットが死んだ後の通信手段を、考えておくべきだ』誰かが書き込んだ。
『短波無線なら、大陸間で通信できる可能性がある。アマチュア無線の知識がある者はいないか?』
その呼びかけに、何人かの知識を持つ者が応じた。周波数の合わせ方、アンテナの作り方、モールス信号の基本。知識が、次々と共有されていく。それは、失われつつある文明の、最後のバトンリレーのようだった。博はそのすべてを保存していった。
これは自分のためだけではない。
今もどこかで戦っている、まだ見ぬ仲間たちへの約束だった。




