24日目④
夜の闇が車の窓を黒く塗りつぶしていた。
博は何も言わずに、ただサラの隣に座っていた。彼が病院から持ち帰った写真立てとハンドバッグが、二人の間のシートの上に、静かに置かれている。
サラは最初、声も出さなかった。母親のハンドバッグを、壊れ物を扱うかのように、そっと開け、中から出てきた、使い古されたリップクリームや、くしゃくしゃになったレシートを、ただじっと見つめていた。その小さな背中が、小刻みに震えている。
やがてその震えは、抑えきれない嗚咽へと変わった。
「うっ……うっ……」
声を殺そうと自分の膝に顔をうずめる。しかし、一度決壊した悲しみの堰は、もう止まらなかった。子供の、すべてを失ってしまった者の、魂からの慟哭が、狭い車内を満たした。博はかけるべき言葉を見つけられず、ただ小さな肩が落ち着くまで、黙ってそこにいることしかできなかった。
どれくらいの時間が経ったのか。嗚咽はやがて、途切れ途切れのしゃくりあげに変わっていった。サラは涙で濡れた顔を上げ、ぽつり、ぽつりと思い出を語り始めた。
それはとりとめのない、断片的な記憶の羅列だった。
「パパは日曜日になると、パンケーキを焼いてくれて。いつも少し焦げてて、でも、それが、おいしくて……」
「ママ、私が髪を結ぶのが下手だからって、毎朝、編み込みをしてくれた。リボンは、いつも青だった……」
「グランパは……」
一つ一つの思い出が、今はもう永遠に失われてしまった、幸福な家族の姿を、夜の闇の中に描き出していく。それは、彼女にとっての、家族との最後の別れの儀式だったのかもしれない。博は相槌を打つでもなく、ただ静かに、その言葉の一つ一つを、自分の心に刻み込むように聞いていた。
やがて、語るべき思い出が尽きたのか、サラは再び黙り込んだ。その沈黙は、先ほどまでの絶望に満ちたそれとは、どこか違っていた。嵐が過ぎ去った後の、静けさ。すべてを受け入れた者の、凪いだ心。
「……ありがとう、ヒロシ」
彼女は、小さな声で、そう言った。「教えてくれて……見つけてきてくれて」
その言葉に、博は何も答えられなかった。ただ、闇の中で、彼女の小さな手を、そっと握りしめた。
その手は冷たかった。




