23日目②アーカムの夜景
車を崖の上の茂みに隠し、博とサラは闇の中で光るアーカムの町を見下ろしていた。昼間とは全く違う、黒いビロードの上に宝石を散りばめたような光景が、眼下に広がっている。しかし、その美しさは、死の静寂に彩られていた。
「灯り……」サラが、囁くように言った。
博も双眼鏡を覗きながら頷いた。夜の灯りは生存者がまだ存在しているのではないかと期待させた。
「たぶんどこか近くのダムの水力発電とか、風力発電がまだ生きているんだろう」
町のいくつかの通りでは、街灯が、まるで何事もなかったかのように、オレンジ色の光を放っている。それは主を失ってもなお動き続ける、自動化されたシステムの残骸だった。無人の通りを照らし続ける光は、生命の営みの証ではなく、むしろその不在を際立たせるように見えた。
丘の上のセント・メアリー病院からも、いくつかの窓から、ぼんやりとした緑色の光が漏れているのが見えた。非常灯だ。停電時に自動で点灯する、バッテリー駆動の照明。そこにも、人の意思は介在しない。一瞬、誰かが助けを求めて灯したのではないかという希望が胸をよぎるが、博はすぐにその感傷を打ち消した。
希望を求めて、彼はノートパソコンを開いた。まず、メールの受信ボックスを更新する。画面に表示されたのは、いつもと同じ、「新着メッセージはありません」という無慈悲な文字列だけだった。日本の家族からも、アダムからも、返信はない。その事実はもはや彼の心を揺さぶることはなかった。ただ静かに、彼の魂の表面を削り取っていくだけだった。
次に彼はSNSにアクセスし、検索窓に「日本」というキーワードを打ち込んだ。表示されるのはパンデミック発生直後の、混乱と絶望を伝える古い投稿と情報を交換する生存者の細々とした投稿だけだった。タイムラインをスクロールしても、目新しい情報はほとんど見当たらない。
博は静かにパソコンを閉じた。隣を見ると、サラが毛布にくるまり、彼の腕に寄りかかって、小さな寝息を立てていた。
彼は再び双眼鏡を目に当て、闇の中のアーカムを見つめた。あの光の中に、答えはあるのか。あるいは、さらなる絶望が待っているだけなのか。彼は、眠る少女の体を気づかいながら、ただ静かに、夜が明けるのを待ち続けた。




