22日目②大学か、病院か
夜は車の中で迎えた。後部座席を倒して作った即席のベッドで、博とサラは缶詰の冷たい夕食をとっていた。ダンウィッチの悪夢から解放された安堵感が、車内を穏やかな空気で満たしている。
「サラ」博は食事の手を止め、静かに尋ねた。「君のパパとママ、それからグランパの名前、教えてくれるかな」
唐突な質問に、サラは少し驚いた顔をしたが、すぐに、小さな声で答えた。「パパは、マイケル。ママは、アンナ。グランパは……ディーン」
マイケル。アンナ。ディーン。博は名前を心の中で反芻した。
「パパの病院の部屋の番号、覚えてる?」
「302号室」サラは、即答した。「セント・メアリー病院の、東棟の三階」
その数字と場所は、子供の記憶に深く刻み込まれていた。博はその情報を、ノートパソコンのテキストファイルに、正確に記録した。それは、アーカムに着いた時に、彼らが真っ先に確認すべき、一つの道しるべだった。
食事を終えると、博は再びインターネットに接続した。SNSのタイムラインは、彼らがオフラインだった数日の間にも動いていた。彼は、新たなスレッドを立てた。『アーカムを目指している。この町、あるいは周辺に生存者のコミュニティはあるだろうか? 生存者がいるとしたらどこに隠れているだろうか?』
すぐに、いくつかの返信があった。
『アーカムは知らないが、私と仲間は山間部のダムで水力発電を維持して暮らしている』
『西海岸では、都市から離れたところに小規模な生存者キャンプがいくつかあると聞く』
『大学や研究施設は狙い目だ。頑丈な建物が多く、知識を持った人間が生き残っている可能性がある』
最後の意見は、博自身の考えと一致していた。彼は、アーカムの地図データを画面に表示し、サラと一緒にそれを覗き込んだ。
「やっぱり、一番可能性が高いのは、ここだろうな」博が指差したのは、町の中心に広大な敷地を占める、ミスカトニック大学のキャンパスだった。
「でも、パパのいる病院も、大きいよ」サラが、町の外れにある、セント・メアリー病院を指差した。「頑丈だし、お医者さんや、看護師さんがいるかもしれない」
大学か、病院か。どちらも、生存者が集まる拠点となっている可能性を秘めている。あるいは、そのどちらでもない、全く別の場所に、人々は息を潜めているのかもしれない。
「アーカムに着いたら、まずは町の様子を遠くからうかがおう」博は、ひとまずの指針を決めた。「そして、一番安全そうな場所から、アプローチする。焦りは禁物だ」
サラはこくりと頷いた。
地図の上に広がる、未知の町、アーカム。それは、もう単なる地名ではなかった。サラにとっては父親のいる場所であり、博にとっては人類の未来を探る場所であり、この旅の一つの終着点だった。
車窓の外には、無数の星が輝いていた。それは、ダンウィッチの空では決して見ることのできなかった、希望の光に感じられた。




