20日目②屋敷の一夜
夜。しかし、板で塞がれた屋敷の中では、昼と夜の区別はつかなかった。博が持つ、頼りないLEDライトの光だけが、闇をわずかに押し返す全てだった。空気は氷のように冷たく、埃とカビ、そしてあの血錆びたような匂いが、肺にまとわりついて息苦しい。
一階には、家具に白い布がかけられた居間や、食器が乱雑に放置された食堂があった。時間が、何十年も前に止まってしまったかのようだ。だが、その静寂は偽りだった。壁紙の剥がれた跡は、巨大な爪で引き裂かれたかのようであり、床には、昨夜聞いた這う音の主が残したであろう、粘液の乾いた跡が、黒々と残っていた。
彼は、地下へと続くドアを見つけた。ドアを開けた瞬間、濃密な悪臭が彼の顔を打ちつけた。腐敗臭とどろりとした、精製される前の原油そのもののような刺激臭が混じり合った、吐き気を催す匂い。ライトの光が石造りの階段とその先の闇を照らし出す。博は、意を決して階段を下りた。
地下室の床は、石畳のはずだった。その大部分が、タールのように黒く、ぬるぬると光る、不定形の塊で覆われていた。それは液体のように見えたが、表面はゼリーのように凝固しており、場所によっては、生きているかのように、ごく僅かに、確かに脈動していた。その黒い塊の中心からは、微かに紫色の光が漏れ出ているようにも見えた。これが、この家の異臭の源か。博は、理解を超えた光景を前に、恐怖で思考が停止しそうになるのを感じ、背を向けて階段を駆け上がった。
彼は、二階へと逃げた。軋む階段を上るとそこにはいくつかの寝室があった。どの部屋も荒れ果て、家具は破壊され、壁には意味不明な文字のようなものが、黒い何かで殴り書きされていた。
最後の部屋のドアに手をかけた、その時だった。
階下から、ずるずると這いずるあの音が聞こえてきた。昼間だというのに、それが、この家の中に戻ってきたのだ。音は、徐々に、博のいる方角に、階段を上ってくる。博は血の気が引くのを感じた。逃げ場はない。彼は咄嗟に、手近な寝室の、大きな木製のクローゼットの中に身を滑り込ませ、音を立てずに扉を閉めた。
扉の隙間から、息を殺して廊下をうかがう。音は、すぐそこまで来ていた。巨大な何かが、廊下の床板を軋ませながら、ゆっくりと通過していく。その姿を直接見ることはできなかった。しかし、隙間を通り過ぎた影は、およそどんな生物のものとも思えないほど巨大で、定形を持たなかった。ズルズルという音と共に、あの地下室と同じ、かすかに甘ったるい刺激臭が、クローゼットの隙間から流れ込んでくる。
博はクローゼットの中で、時間の感覚を失った。どれくらいそうしていたのか。音が完全に消え去り、外が再び静寂に包まれても、彼はそこから一歩も動くことができなかった。恐怖と寒さで歯の根が合わず、ただ身を固くして、夜が明けるのを待つしかなかった。
夜明けの微かな光が、扉の隙間から差し込んできた時、彼はようやく、麻痺した体を動かした。疲労は限界を超えていた。彼は、一刻も早く、この呪われた家から脱出しなければならなかった。
よろめく足で一階へ下り、昨日こじ開けた勝手口へと向かう。ドアノブに手をかけ、外の世界へ出ようとした、その瞬間だった。
足元の床下、地下室の方角から、声が聞こえた。
それは、人間の声ではなかった。鳥の鳴き声のようでもあり、昆虫の羽音のようでもある、甲高い、ひどくゆがんだフルートのような響き。
「リ・リ……」
その完全に非人間的な響きは、博の脳幹に直接突き刺さった。彼は声にならない叫びを上げ、ドアを蹴破るようにして、外の灰色の光の中へと転がり出した。




