19日目②悲鳴
夕食は、冷たい缶詰の豆と、乾パンだった。ただ空腹を満たすためだけの作業。インターネットが断絶された今、この雑貨店の薄暗い居住スペースは、世界から完全に切り離された孤島となった。外の深い霧が、その隔絶を物理的に証明しているかのようだった。
夜が更け、二人が息を殺して毛布にくるまっていると、それは再び始まった。
昨夜と同じ、何かが地面を這いずる、粘着質な音。しかし、今夜は違った。音は、一つではない。店の周囲を、複数の何かが、ゆっくりと、だが確実に包囲するように移動している。壁一枚を隔てた向こう側で、得体の知れない存在が蠢いている。博は、自分の心臓の音が、その不気味な這う音にかき消されることを願った。
その時だった。
「……リ……リ……リ……」
風の音に混じって、微かな声が聞こえた。博は、息を止めた。サラの体を抱き寄せる腕に、力が入る。サラもまた、恐怖に体を硬直させていた。
それは、人間の言葉のようでありながら、意味を成さない音の断片だった。壁の向こう、床の下、あるいは天井裏から、複数の声が、囁きかけるように響いてくる。シューシューという、蛇のような息遣い。喉の奥で、粘液が絡まるような、くぐもった囁き。それは悪意そのものが、音という形をとって空間を満たしていくかのようだった。
博は、耳を塞ぎたかった。動けば音を立ててしまう。彼らにできることは、このまま石のように硬直し、嵐が過ぎ去るのを待つことだけだった。
どれほどの時間が、その地獄の中で過ぎただろうか。
突然、囁き声と這う音が、ぴたりと止んだ。訪れた静寂は、安らぎをもたらさなかった。嵐の前の、不気味な凪。
次の瞬間、村はずれの、あの丘の上の農家の方角から、空気を引き裂くような音が響き渡った。
それは、悲鳴だった。人間のものか、獣のものか、判別がつかない。長く、長く引き伸ばされた、苦痛と恐怖の限界を超えた絶叫。昼間見た、あの病んだ牛が喉を引き裂かれたような、あるいは、人間が想像を絶する何かを目撃してしまったかのような、魂そのものが断末魔をあげているかのような音だった。
一度きりの絶叫が、霧の深い夜の闇に吸い込まれて消えると、あとには再び、完全な沈黙だけが残された。
博は、震えるサラを強く抱きしめることしかできなかった。あの農家で、今、何が行われたのか。そして、あの這いずる音の主たちは、なぜ一斉に静かになったのか。
答えは、ない。
ただ、このダンウィッチという村が、単なるゴーストタウンなどではなく、もっと邪悪で、冒涜的な何かがいるという、おぞましい確信だけが、彼の背筋を凍らせていた。




