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ミスカトニック大学留学記  作者: 里見さと子


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19日目①断絶

 ダンウィッチ村は、水底に沈んでいるかのようだった。分厚い霧が音も光もすべて吸い込み、世界は灰色一色に塗りつぶされていた。雑貨店の窓の隙間から漏れ入る光は弱々しく、朝が来たという事実さえも、深い霧が曖昧にさせていた。



 昨夜の、あの悍ましい音の記憶が、博の神経にこびりついていた。眠ったというよりは、緊張の糸が限界まで張り詰めた末に、数時間ほど意識を失っていただけに近い。



「……行ってくる」



 博は、毛布にくるまって不安そうにこちらを見つめるサラに短く告げると、音を殺して店の裏口から出た。車の様子を見に行かなければならない。この村から脱出するための、唯一の希望。その命綱のメンテナンスは、恐怖よりも優先された。



 霧の中、森へ向かう道は、異界への入り口のようだった。ぬかるんだ地面が、粘りつくようにブーツに絡みつく。時折、風に揺れる枝が人の姿に見え、心臓が何度も跳ね上がった。



 森の中に隠した車は、静かにそこにあった。しかし、その屋根に設置したソーラーパネルは、一晩のうちに降り積もった、湿った落ち葉と土埃で覆われ、その機能をほとんど失っていた。博は、持参した布で、一枚一枚、丁寧にその汚れを拭い去っていく。パネルの黒い表面が、再び鈍い光を放ち始めた。それは、この陰鬱な村からの脱出を約束してくれるものだった。



 雑貨店に戻ると、サラが駆け寄ってきた。「昨日の、あの音……」



「ああ」博は頷いた。「何だったのかは、わからない。だが、僕たちがここにいることには、気づかれていないはずだ。音さえ立てなければ、大丈夫だ」



 その言葉が、自分自身に言い聞かせている嘘であることは、彼自身が一番よく分かっていた。あの音の主が、この村を徘徊している。その事実だけで、この場所が安全でないことは明らかだった。



 誰かに、この状況を伝えなければ。あるいは、この村について、何か知っている者がいるかもしれない。博は希望を託してノートパソコンを開いた。SNSにアクセスし、この異常な村の情報を共有し、助言を求めたかった。



彼はブラウザのアイコンをクリックした。だが、いつもならすぐに表示されるはずのタイムラインは現れず、代わりに、画面の中央に無機質なエラーメッセージが浮かび上がった。



『インターネットに接続されていません』



 博は眉をひそめた。電波状況が悪いのだろうか。彼は何度も再接続を試みた。それでも、結果は同じだった。画面の隅にあるネットワークアイコンには、赤いバツ印が冷たく灯っている。衛星回線へのアクセスが、完全に途絶えた。



 血の気が、引いていくのを感じた。これまで、どんなに絶望的な状況でも、世界中の誰かと繋がっているという事実が、彼を支えていた。情報という、細く、確かな命綱。それが、音もなく断ち切られた。



 この村で何が起きても、もう誰も知ることはない。助けを呼ぶことも、情報を得ることもできない。彼らは、この霧深い谷底で孤立無援の存在となった。



 博はぱたりとパソコンを閉じた。窓の外では、霧が蠢いている。それはもはや、ただの水蒸気の塊には見えなかった。世界から彼らを隔絶し、ゆっくりと飲み込もうとする、悪意に満ちた、生きた壁のように思えた。

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