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ミスカトニック大学留学記  作者: 里見さと子


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16日目②罠

 夜の闇が、検問所の骸を静かに包み込んでいた。博とサラは、そこから数キロ離れた森の脇道に車を隠し、息を潜めていた。バッテリーの熱はとうに冷え、車内は外気と同じように冷え込んでいる。フロントガラスの向こうには、動くもののない、ただ深いだけの闇が広がっていた。



「もう一度、試してみる」



 沈黙を破ったのは、博だった。昼間の絶望的な光景を前に、彼は無力感に苛まれていた。しかし、何もしないでいることは、緩やかな敗北を意味する。彼は、かつて自分たちを救ってくれた、あの小さな機械に最後の望みを託すことにした。



 夜陰に紛れ、博はラジコンカーを手に検問所の手前まで匍匐前進で近づいた。サラが車内から無線で周囲の安全を確認してくれる。準備が整い、サラの合図で、博は送信機のスイッチを入れた。



「ザーッ」というノイズを撒き散らしながら、ラジコンカーは闇の中を走り始めた。以前、グレンフィールドの死者たちをいとも簡単に引きつけた、あの音が。



 だが、結果は昼間と何ら変わりなかった。双眼鏡のレンズ越しに見える軍人ゾンビたちは、その音に全くと言っていいほど反応を示さない。一体が、たまたま進行方向にいたラジコンカーを、石ころでも蹴飛ばすかのように無造作に蹴った。



 博は、唇を噛みしめながら車へと戻った。



「だめだ……やっぱり、聞こえていないのかもしれない」彼は、疲労の滲む声で言った。「ヘルメットが耳を塞いで、あの重い装備が、そもそも外部からの刺激に対する感覚を、極端に鈍らせているんだ」



 成功体験が、初めて完全に否定された。今まで培ってきた生存戦略が、この特殊な敵の前では全く通用しない。その事実が、ずしりと重くのしかかる。



「どうすれば……」



 彼の呟きに、サラは答えない。ただ、じっと彼の顔を見つめている。その静かな眼差しが、焦るな、と無言で語りかけているようだった。



 万策尽きた。博は、最後の頼みの綱であるノートパソコンを開いた。まだ微弱ながらも繋がる衛星回線を使って、SNSに今の状況を書き込む。



『軍用装備のゾンビが道を塞いでいる。ヘルメットとボディアーマーのせいで、音による陽動は全く効果がない。何か、有効な手はないだろうか』



 返信は、すぐにはなかった。数十分が、数時間にも感じられる。諦めかけた、その時だった。短いメッセージが、画面に表示された。



『音や光に頼るな。もっと原始的に考えろ』



 別の生存者が、その言葉に続けた。



『彼らが失ったのは、知性だ。危険を予測したり、足元を注意したりする能力はない。鈍重で、まっすぐ進むことしかできないなら、単純な罠の方が、かえって効果的じゃないか? 例えば、落とし穴のような』



 落とし穴。



 その、あまりにも原始的な単語が、博の脳を強く打ち付けた。そうだ。なぜ、気づかなかったのか。重装備で身を固めていても、それを生かす知性がなければ物理的な罠で、最大の弱点を突くことができる。彼らは、目の前にぽっかりと穴が空いていても、それを避けるという思考すら持ち合わせていないのだ。



 博は顔を上げた。その目には、先ほどまでの絶望の色は消え、新たな計画の光が灯っていた。彼は車のライトを最小限の光量でつけ、サラと一緒に、検問所周辺の地形が描かれた地図を、食い入るように見つめ始めた。

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