14日目感染経路
太陽は、雲一つない空から力強く光を降り注ぎ、車のバッテリー残量の数字を着実に押し上げていた。出発は、明後日だ。その事実が、近隣の家々からの物資を集め、ガレージと家とを往復するだけの単調な日常に、確かな目的意識を与えていた。
待つ間、博はSNSを通じて、他の生存者たちとの情報交換を続けていた。昨夜の「高齢者は感染しづらい」という仮説は、さらに多くのデータを集め、ある程度の蓋然性をもって共有されていた。そして、議論は次の段階へと移行していた。「後発的な感染」についてだ。
世界中が同時に感染の渦に巻き込まれたあの日以降も、生き残った人々が新たに感染するケースは、少数ながら報告されていた。その感染経路は、一体何なのか。
『空気感染の可能性は低い。密閉されたシェルターに籠城していたグループが、外部との接触なしに発症した例はない』
ある生存者の投稿が、一つの大きな不安を払拭した。もし空気感染するならば、人類に逃げ場はなかっただろう。感染は、もっと直接的な接触によるものである可能性が高い。
『噛まれた。それが、最も確実な感染経路だ』
多くの生存者が、身近な人が「噛まれて」変貌していく姿を目撃していた。傷口から、病原体となるような有機体が侵入する。それは最も分かりやすく、恐ろしい感染経路だった。
その定説を覆すような、不可解な報告が、議論に一石を投じた。
『私の仲間は腕を深く噛まれた。しかし、一週間経った今も発症していない。高熱は出したが、回復した』
その投稿に、スレッドは騒然となった。
『本当か!? それは、信じがたい』
『傷口の処置が適切だったのでは? すぐに洗浄し、消毒したとか』
『いや、私の父は、かすり傷程度だったのに、数時間で……。処置はした』
噛まれても発症しない人間がいる。それは、この絶望的な世界において、あまりにも大きな希望の光だった。議論は、自然と一つの仮説へと収束していく。
抗体。
生まれつきか、あるいは後天的にか、病原体に対する抵抗力を持つ人間が存在するのではないか。昨夜の「高齢者」の件も、あるいは何らかの形で獲得した免疫が関係しているのかもしれない。
『だとすれば、生存者の中には、感染しにくい「抗体保有者」と、そうでない者がいるということになる』
『噛まれたのに発症しなかったという彼こそが、人類の希望じゃないか。彼の血液を調べれば……』
博はその議論を食い入るように見つめていた。ミスカトニック大学。アーカム。そこには、世界有数の研究施設があるはずだ。もし、その施設がまだ機能しているのなら。もし、そこに生き残った研究者がいるのなら。もし、その「発症しなかった」生存者を見つけ出すことができれば……
それは、あまりにも多くの「もし」を重ねた、夢物語のような話だった。だが目的地であるアーカムが、単なる避難場所ではなく、この災厄を打ち破るための鍵を握る場所になるかもしれない。その可能性が、彼の心を強く捉えた。
彼はキーボードを叩いた。『アーカムのミスカトニック大学を目指している。そこにまだ機能している研究施設がある可能性に賭けたい』
その投稿に、何人かが反応した。『幸運を祈る』『何か分かったら、教えてくれ』。彼らは、顔も知らない博の旅に、人類の未来という、あまりにも重い希望を託そうとしていた。博はその重さを、静かに受け止めた。明後日の出発は、もはやただの逃避行ではなくなった。




