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ミスカトニック大学留学記  作者: 里見さと子


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13日目議論

 日が落ち、家の中が再び静寂と闇に包まれると、博はノートパソコンの前に戻った。充電を待つ時間は、彼に思考する猶予を与えてくれる。昨日の昼間に浮かび上がった「同時多発的な感染」という謎が、彼の頭から離れなかった。もし人為的なものだとしたら、そこには必ず何らかの法則性があるはずだ。



 彼は、SNS上で一つの呼びかけを行った。『なぜ、我々は生き残ったのか。自分自身と感染してしまった身近な人々の情報を共有しないか。どんな些細なことでもいい。年齢、性別、血液型、持病、アレルギーの有無、常用していた薬……パターンが見つかるかもしれない』



 その呼びかけは、藁にもすがりたい生存者たちの心を動かした。堰を切ったように、情報が流れ込み始める。それは、個人情報という概念が意味を失った世界だからこそ可能な、悲痛なデータベースの構築だった。



『私:白人28歳女性、健康体。彼:白人30歳男性、健康体だったが感染』


『父:黒人55歳、高血圧の薬を服用、感染。母:黒人52歳、健康、感染。私:22歳女性、喘息持ち、非感染』


『人種は関係ないようだ。あらゆる人種から感染者も非感染者も出ている』



 最初は、混沌としか見えなかった。無数の情報の中に、意味のある相関関係を見つけ出すのは不可能に思えた。性別も、特定の病歴も、決定的な要因ではないようだった。数十件、数百件とデータが集積していく中で、ある生存者がぼそりと呟いた。



『生存報告に、高齢者の割合が多くないか?』



 その一言が、流れを変えた。皆が、改めて集まったデータを見直す。確かに、そうだ。感染者の多くは若者から中年層であり、60代、70代、あるいはそれ以上の高齢者の生存報告が、人口比率から考えても不自然なほど多い。もちろん、高齢の感染者もいる。それでも「感染しなかった」という報告の中に、老人が占める割合は、明らかに突出していた。



 博は自分の経験を振り返った。モーテルの管理人の老人は感染していた。しかし、サラの祖父は、少なくとも家を出るまでは無事だった。スミスさんも、隣家の状態を考えると生き残っている可能性はゼロではない。



 議論が、熱を帯び始めた。



『加齢によって免疫系が変化することが、何らかの形で抵抗力になっているのかもしれない』


『あるいは、特定の世代が過去に接種した、今はもう使われていないワクチンが関係しているとか?』


『長年にわたって服用してきた、ありふれた薬……例えば、アスピリンのようなものが、偶然にも阻害薬として機能した可能性は?』



 仮説が次々と生まれては、反証によって消えていく。誰もが、必死だった。なぜなら、その答えは、単なる知的好奇心を満たすためだけのものではないからだ。もし「感染しない理由」が解明できれば、それは治療法や予防法、ひいてはこの世界を取り戻すための、最初の糸口になるかもしれない。



 結論は出なかった。だが、彼らは暗闇の中で、初めて確かな岩に手をかけたような感覚を得ていた。それは、「なぜ自分は助かったのか」という、生存者の罪悪感にも似た問いに対する、最初の答えの欠片でもあった。



 博はその議論のすべてをテキストファイルに保存した。窓の外では、変わらず死者たちが静かに徘徊している。その夜、彼は初めて、彼らと自分たちを隔てる「境界線」の正体に、ほんの少しだけ触れたような気がしていた。

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