12日目午前7時
世界は昨夜の雨に洗われ、澄み切った空気に満たされていた。夜明けから数時間後、厚い雲の切れ間から、待ち望んでいた太陽の光が地上に差し始めた。車の屋根に設置されたソーラーパネルがその光を受け止め、静かにエネルギーを蓄え始めている。充電モニターの数字が、再びゆっくりと上昇していくのを、博とサラは安堵の表情で見守っていた。
「この天気なら数日後には、かなり充電できるはずだ」博は、ダッシュボードの数字を指差しながら言った。「バッテリーが90%を超えたら、出発しよう。アーカムへ」
目的地が定まり、具体的な出発の目処が立ったことで、二人の間には漠然とした不安に代わり、確かな目標へ向かうための落ち着きが生まれていた。
やるべきことは、待つことだけだった。博はリビングに戻るとパソコンを開き、昨夜から気になっていた一つの疑問について調べ始めた。それは、この災厄が、一体いつ始まったのか、という根本的な問いだった。
SNSの過去の投稿を、キーワードを変えながら丹念に遡っていく。生存者たちの最初の投稿は、地域やタイムゾーンによって、当然ながら時間にばらつきがあった。しかし、彼らが報告する「最初の異常」――家族が、隣人が、突然おかしくなった時間――を、それぞれの現地時間に換算して整理していくと、そこに奇妙な共通点が浮かび上がってきた。
「サラ」博は、隣で地図を眺めていたサラに声をかけた。「最初に、外が騒がしくなったの、何時ごろだったか覚えてる?」
サラは少しの間、記憶を辿るように天井を見つめた。それから、はっきりとした口調で答えた。「朝の、7時ごろ。グランパが、ニュースを見ようとして、テレビがおかしいって言ってたから、覚えてる」
午前7時。それは博がモーテルで寝過ごしていた時間とほぼ一致する。そして、彼がSNS上で集計した、北米大陸における最初の混乱が報告された時間帯とも、不気味なほど符合していた。ロンドンからの最初の投稿は、現地時間の正午ごろ。東京からのそれは、夜の8時ごろ。それぞれの時間を協定世界時(UTC)に変換すると、すべてがある一点に収束する。
世界中でほぼ同時に。
まるで誰かがスイッチを入れたかのように、人類の大半が、同じ瞬間に、あの「何か」に変貌した。
博はその信じがたい事実を、SNSで他の生存者たちに共有した。『誰か気づいているか? このパンデミックは、自然発生的なものではないかもしれない。世界中の感染が、ほぼ同時に始まっている』
その投稿は、静かな水面に投じられた石のように、波紋を広げた。
『確かに、言われてみればそうだ。私の住む地域でも、朝の通勤ラッシュの時間帯に、一斉に混乱が始まった』
『ウィルスや細菌によるパンデミックなら、感染拡大には時間差があるはずだ。これは、何か別の……』
『あらかじめ仕組まれていたプログラムのようだ』
生存者たちの間で、初めてこの災厄の「原因」についての具体的な議論が始まった。それは、ウィルスでも、細菌でもない、もっと人為的で、悪意に満ちた何かである可能性。その底知れない恐怖は、徘徊する死者たちとはまた別の、冷たい影となって、彼らの心に忍び寄った。同時に、原因があるのなら、それを突き止め、解決する道もあるかもしれない。その小さな可能性が、彼らが思考を止めないための、唯一の理由となっていた。




