11日目雨
昼過ぎまで快晴だった空は、午後になると嘘のように厚い雲に覆われ、やがて冷たい雨を地上に落とし始めた。ガレージの屋根を叩く雨音を聞きながら、博は静かに点灯する充電モニターを見つめていた。充電中のマークは消え、バッテリー残量の数字は「14%」を示したまま、ぴくりとも動かなくなった。太陽という、唯一のエネルギー源が絶たれてしまえば、彼らの移動要塞はただの鉄の箱に過ぎない。
博は窓ガラスについた雨粒に触れた。それは触れるとわずかにヌルついて、指に黒ずんだ汚れを残した。嗅いでみると、かすかに油臭かった。雨が止んだらソーラーパネルをきれいに拭かなくてはならない。
「今日はもう充電できないだろう」博は、車の助手席で窓の外を眺めていたサラに言った。「雨が止むまで、ここで待つしかない」
焦りはなかった。むしろ、この強制的な休息は、張り詰めっぱなしだった心と体を休めるための、天からの恵みのようにも感じられた。二人はサラの家に戻り、残っていた食料でささやかな夕食をとった。
夜、サラが古いアルバムを読んでいる傍らで、博はノートパソコンを開いた。まだかろうじて繋がるインターネット回線を使い、彼はSNSにアクセスした。そして、この数日間で起きた出来事を詳細に書き込んでいった。ゾンビ熊との遭遇と、動物も感染するという事実。簡易溶接機を作り、ソーラーパネルを搭載した電気自動車を完成させたこと。
それは単なる日記ではなかった。まだどこかで生きている、顔も知らない生存者たちへ向けた、生存技術の共有であり、希望の伝達だった。
すぐに、いくつかの反応があった。
『電気自動車とは、すごい発想だ。こちらは馬を移動手段にできないか試している』
『動物の感染は、こちらも確認した。鳥類が感染した場合、我々に逃げ場はなくなるかもしれない』
短いメッセージのやり取りの中で、ある生存者から、重要な問いが投げかけられた。『このネット環境も、いつまで持つだろうな』
その言葉に、博ははっとさせられた。そうだ。電力網の崩壊は、すでに始まっている。都市部のデータセンターや、通信を中継するサーバーが機能を停止すれば、この最後のライフラインも断ち切られる。それは、世界の生存者たちが、再び孤立した点に戻ることを意味していた。
別の誰かが、その問いに答えた。『今のうちに、必要なデータをダウンロードしておくべきだ。オフラインでも見られるように』
その提案に、チャットは、にわかに活気づいた。生存に役立ちそうな情報のリストが、次々と共有され始める。
『地域の詳細な地図データ』
『応急手当の方法。特に、抗生物質を使わない傷口の処置』
『食用可能な野生植物の図鑑』
『簡単な機械の修理マニュアル。発電機の構造など』
『水を浄化する方法。煮沸以外の手段』
博はそれらの情報を夢中で自分のパソコンのSSDに保存し始めた。それは、人類が数千年かけて蓄積してきた知識のほんの僅かな断片だった。これから始まる原始の時代において、知恵はどんな武器よりも、どんな食料よりも、価値のある財産となるだろう。
雨はまだ降り続いている。窓の外は完全な闇。パソコンのモニターが放つ青白い光が、部屋を静かに照らしていた。その光の中で、博は未来への備えを進めていた。
それは終わってしまった世界への哀悼ではなく、これから始まる未知の世界を生き抜くための、力強い決意表明だった。




