10日目充電
夜通し続いた死闘の緊張から解放され、博はほとんど這うようにしてサラの家へ戻った。彼が煤とオイルに汚れた顔で静かに頷くと、サラは言葉もなく駆け寄り、彼の服の裾を強く握りしめた。その小さな手の震えが、彼女が一人で耐えていた恐怖の大きさを物語っていた。
十日目の朝、スミス家のガレージは、再び創造のための工房となった。博は昨夜、命がけで手に入れた溶接棒を、貴重な宝石のように丁寧に並べた。その隣には、彼が作り上げた、文明の残骸から生まれた不格好な溶接機が鎮座している。
「これを車の屋根にくっつける」博はガレージの床に置かれた巨大なソーラーパネルを指差し、サラに説明した。「しっかりと、絶対に外れないように」
まず、ヘリの残骸から持ち帰った金属片を、ハンマーで叩き、万力で曲げ、ソーラーパネルを車の屋根に固定するための、特製の架台を作り上げた。次に、車の塗装をやすりで削り落とし、溶接のための金属の下地を露出させる。
準備は整った。博はガレージの隅で見つけた、ひびの入った溶接用の保護面を被った。アースクランプを車のシャーシの金属部分にがっちりと固定し、ホルダーに溶接棒を挟む。
「サラ、部屋を出ていてくれ。すごく眩しい光が出る」
息を止め、ホルダーを握る手に力を込める。そして溶接棒の先端を、架台と車の屋根が接する一点に、ゆっくりと近づけていった。
バチッ!
世界が一瞬にして白く染まった。目のくらむような閃光と、空気を引き裂くような激しい放電音。博は溶接面の暗いガラス越しに、金属が溶ける瞬間を凝視した。鉄は、赤く輝き、まるで熱せられた飴のように液体となって融合していく。彼は慎重な手つきで溶接棒を滑らせ、二つの異なる金属の間に、赤い溶接痕を引いていった。オゾンの独特な匂いと、金属の焼ける匂いが、ガレージに立ち込める。一点、また一点と、架台は車の屋根と完全に一体化していった。
数十分後、最後の火花が消えた瞬間、ガレージの空気はひどく静かになった。ソーラーパネルは最初からそこにあったかのように、車の屋根にがっちりと固定されていた。
博は一息つくと、鼻を鳴らして匂いを嗅いだ。昨日、整備工場にいたせいだろうか、溶接をしている最中に熱せられたタールのような、粘りつく悪臭をかすかに感じていた。
最終段階は、電気の接続だった。博はソーラーパネルの出力ケーブルを、車のボンネット内にある充電システムの制御ユニットへと導き、コンバーターをかませて繋ぎ込んだ。コンバーターにはEV用の充電器内から取り外してきた通信モジュール回路が取り付けてある。
電気自動車は、外部装置と専用の通信プロトコルで安全確認を交わさなければ、内部の高電圧リレーを閉じようとしない。
そのため、この通信モジュールから「正規の充電器と接続している」という情報を車のシステムが受け取らなければ、車載バッテリーは充電を開始することができない。
博の電気回路の知識が、今、彼らの命運を左右していた。
接続してすぐにカチッと言うリレー音が響く。
少なくとも通信モジュールは正しく動作し、車とハンドシェイクをかわしている。
ブーンとかすかにハム音が続く。
それが充電開始の音なのか、単に通信モジュールにシステムが反応しているだけなのか。
博には判別がつかなかった。
「頼む……」
博は祈るような気持ちで運転席に座り、スタートボタンを押した。静かに、計器類が点灯する。
バッテリー残量のアイコンは、昨日と同じく、絶望的なほど低い位置で赤く点滅していた。
数秒の静寂。アイコンの横に小さな充電マークが、ぽつりと灯った。しばらくすると残量を示すパーセンテージの数字が、「2%」から「3%」へと切り替わった。
充電が、始まっている。
「やった……」博の口から、かすれた声が漏れた。「やったぞ、サラ!」
助手席からその光景を覗き込んでいたサラの顔が、ぱっと輝いた。二人は言葉もなく顔を見合わせ、ただ笑った。それは、この世界に来てから初めての、心からの笑顔だった。
希望は、自らの手で作り出せる。その確信が、彼らを突き動かした。
午後になると、二人はすぐさま旅の準備に取り掛かった。サラの家や、周囲の無人となった家々から、缶詰、瓶詰め、乾燥パスタといった日持ちのする食料を、車の後部座席が埋まるほど集める。鍋や毛布、数台の無線機。いざという時のためのポータブル電源や電気コンロ。
博は、工具一式と、簡易溶接機もトランクに積み込んだ。この先、何が起きても、自分たちの手で道を切り開くために。
車は、単なる移動手段ではない。この死の世界を生き抜くための、彼らの移動要塞となりつつあった。




