9日目②檻
シャッターの隙間から差し込む光が、だんだんとオレンジ色から深い青へと変わっていく。夜が、来た。博は、古いピックアップトラックのシャーシの下、冷たいコンクリートの上に身を横たえ、息を殺していた。全身の神経が、耳と鼻に集中する。
外からは、地面を巨大な何かで擦るような、重く、断続的な音が聞こえていた。時折そこへ混じる、低い唸り声。そして、風向きが変わるたびに、ガレージの隙間から忍び込んでくる、独特の刺激臭。熊は、すぐそこにいる。獲物の匂いを嗅ぎつけ、あるいはこの場所に人間がいるという確信をもって、執拗に周囲を徘徊している。
突然、シャッターが、がりがりと激しく引っ掻かれる音が響いた。博の心臓が、喉元まで跳ね上がる。金属が歪む、ミシミシという不快な音が続く。駄目だ、時間の問題だ。
轟音と共に、シャッターの下部が内側へとめくれ上がり、巨大な影がガレージの中へと滑り込んできた。腐肉がところどころ剥がれ落ち、骨が覗く前足。生気というものを一切感じさせない、濁りきった二つの眼球。それは、もはや森の王者などではなく、ただ純粋な破壊衝動だけで動く、悪夢の塊だった。
熊は、ゆっくりとガレージの中を嗅ぎ回り始めた。博は、呼吸すら止めていた。オイルの匂いが充満するこの場所で、自分の生きた人間の匂いが、どれほど際立ってしまうのか。一歩、また一歩と、熊が彼が隠れるトラックに近づいてくる。その臭いが、耐え難いほど強くなる。
見つかる。
死が、すぐそこまで迫っていた。恐怖が、彼の思考を麻痺させる。しかし、その恐怖の底で、彼の脳裏に浮かんだのは、無線機の向こうで息を殺しているであろう、サラの姿だった。ここで死ぬわけにはいかない。
追い詰められた獣のように、彼の思考が生存のためだけに回転を始めた。戦うしかない。だが、どうやって。その時、彼の視線が、頭上を横切る太い梁から吊り下げられた、一つの塊に釘付けになった。
エンジン。太いチェーンブロックで、宙吊りにされた、むき出しの鉄の心臓だ。
計画は一瞬で組み上がった。博は手元にあった一番大きなスパナを、音を立てないようにそっと握りしめた。熊がトラックの反対側を調べている。今しかない。
彼はシャーシの下から滑り出すと同時に、ガレージの最も奥の壁に向かって、スパナを全力で投げつけた。カン!という甲高い金属音が、静寂を切り裂く。
音に反応し、熊は即座にそちらを向いた。そして、巨大な体を揺らしながら、音のした方へと歩みを進める。その進路は、吊り下げられたエンジンの、真下を通過する。
博はエンジンの脇にある壁に取り付けられた、チェーンブロックの操作レバーへと駆け寄った。心臓が、破裂しそうだった。熊が、エンジンの真下に来る。あと三歩、二歩……。
彼は固く錆びついた解放レバーに全体重をかけた。ギィッという耳障りな音を立てて、ロックが外れる。次の瞬間、数百キロはあろうかという鉄の塊が、重力に従って、一切の容赦なく落下した。
骨が砕け、肉が潰れる、鈍く湿った衝撃音。一瞬の静寂の後、巨獣の体はけいれんするように一度だけ跳ね、完全に動かなくなった。
ガレージの空気が、一瞬だけ完全に止まったように感じられた。
博は壁に手をつき、荒い呼吸を繰り返した。アドレナリンが全身を駆け巡り、手足が震えている。彼は、生き延びた。
震える手で、耳のイヤホンに触れる。マイクのスイッチを入れた。
「サラ……」彼の声は、自分のものではないように、かすれていた。「終わった。……無事だ」
無線機の向こうから、一瞬の沈黙の後、すすり泣きを必死にこらえているような、サラの小さな声が聞こえてきた。『……よかった! よかった……!』




